桜の花びら七枚


紬が本丸にやって来て2週間が過ぎようとしていた。
歓迎会は大盛り上がりで、紬は本丸の殆どの刀剣と打ち解けることができ今ではすっかり馴染んでいる。歓迎会の次の日にはきちんと注文していた紬用の布団も届いて(部屋は相変わらず沖田組と一緒で毎日喧嘩は絶えないが)この生活に慣れ始めたようだった。最近は新撰組の人たちと関わる方が少ないかもしれない。
特によくいるのは脇差だった。紬と刀の種類が同じせいか、一緒にいることが増えていた。


「いやぁぁぁぁぁぁ!!こっち来んなぁぁぁぁぁぁ!!!」

「待ってってばー!逃げないでよ紬〜!機動速すぎ〜!」

「そんなの持って追いかけられたら逃げるに決まってるだろ!馬糞は嫌いな奴に投げるんじゃなかったの!?そんなに私のことが嫌いかこの野郎!」

「紬は嫌いじゃないけど、当たった時の反応が見たくて!」

「ほんとクソだな鯰!馬の世話しろよ!!」


───仲がいいかどうかは置いておいてだが。
馬糞を持って紬を追いかけ回す鯰尾。その表情はとても笑顔だった。
いくら短刀並の機動力がある紬でも、長時間追いかけ回されると体力に限界がやってくる。流石に耐えきれなくなった彼女は「一期さん助けてぇぇ!」と叫びながら走っていた。ものの数秒で「鯰尾……?」と言う柔らかい声が聞こえてくる。


「い、一期さん……!」

「げっ……」

「鯰尾?紬殿に……というより女性相手に何をしているのかな?」


柔らかな声、ではあるがいつもより下がっている声のトーン。笑顔で鯰尾の方へ向かった一期一振の後ろからはゴゴゴゴという効果音が聞こえてくるような程の迫力だった。


「(助かった……。怒らせると怖いタイプか……堀くんみたい)」

「呼んだ?」

「ひっ……ほ、堀くん……」


後ろから急に声をかけられ驚く紬。振り向くと、洗濯カゴを持った堀川と骨喰が立っていた。にこりと微笑む堀川に「呼んでない呼んでない」と必死に首を横に振りながら返しておく。


「紬、兄弟がすまない」

「いや、うん……本当だよ全く。あ、骨喰は悪くないけどね」

「毎度毎度よく飽きないよね馬糞投げ。洗濯するのは僕達なんだけど……」

「明るいのは良いことだけどやめて欲しい。……この羽織と平助くんがくれた髪飾りに馬糞つけられたら正気じゃなくなると思う。怒りで鯰尾折るかも知れない」

「……兄弟には俺からきちんと言っておく」


うん、伝えといてと真顔で頷いた紬に苦笑する堀川。彼らはそれじゃあ洗濯があるから僕達は行くねと言って別れる。が、歩き出した堀川は何かを思い出したように、あ!と叫んで立ち止まり、振り返って紬を見た。彼女はきょとんとした顔をする。


「紬、兄弟の布を洗いたくて探してたんだけど見つからないんだよね。もし見つけたら布を引っぺがして持ってきてもらえる?無理そうなら兄弟ごと引っ張ってでもいいや……とにかく僕の所に連れてきてくれると助かるよ」

「それ私が怪我しそうな気がするんだけど……まぁ了解。」


お願いねと微笑んだ堀川は骨喰と一緒に洗濯をするべく、向こうへ行ってしまった。鯰尾は一期さんに連れていかれた。これから長いお説教が始まるのだろう。
1人になりすることがなくなった紬は一度深呼吸をしてから、辺りを見回す。
とりあえず堀川から頼まれたため、山姥切を探すことから始めようと決めた紬は、早速足を進めたのだった。




「あ。」

「……何だ」


いた。山姥切国広を発見した。
聞きたくはなかったが、たまたま近くを通りかかった加州に山姥切がいそうな所を聞くと一発で言い当ててしまった。
認めたくないけど、純粋に凄いと思った。認めたくないけど。伊達に長年付き合っているわけではないのだろう。


「えーっと……そ、その布とって来いって言われた。堀くんに」

「!」


言わない方が良かったと後悔する。山姥切が逃げ出した。あーあ、やってしまった。また走るのか。と深い溜息をつき、本日2度目(今度は追いかけるほうだが)の全力疾走をした。だが彼女の機動力は短刀並。いや、短刀以上かもしれない。そんな機動力で走ればすぐに山姥切には追いつけた。
よっ、とヒラヒラしていた布を後ろから掴めば、引っ張られたせいで首締まったのか「うっ」という声を漏らして山姥切が止まる。


「あ、ごめん。」


咄嗟にそう謝る。本当に悪いことをしてしまった。そう思いながら紬は咳き込む山姥切の正面に立ち、心配そうに顔を覗き込んだ。


「……山姥切って、なんで布被ってんの?とても綺麗な顔立ちしてるのに……」

「やめろ、綺麗とか言うな……」

「え、じゃあ何て言えばいいの?美人?素敵?イケメン?カッコよくてつよーい?美しい?整ってる?美形?」

「やっ、やめろ……!」

「……あ、もしかして照れてる?……じゃあ可愛いも追加しとく?」


そう言って笑う紬を見て、何が言いたいんだ……と山姥切はぼそっと呟いた。


「どうせお前も……本物の山姥切を見れば写しの俺なんかに興味はなくなる……」

「え、山姥切って写しなの?」

「え?」

「え?」


予想すらしていなかった紬の返答に対応出来ず、沈黙が訪れる。
写ってアレだよね、つまり……うん。と顎に手を当てて何かを考えているような素振りを見せている紬は、山姥切をまじまじと見ていた。


「……知らなかった、のか?」

「うん全然知らない。本物とかそうじゃないとか……わりとそう言うの興味無いから」

「興味ないか……それは俺が写しだから……」

「違う違う。私が信じるのはこの目で見たものと平助くんの言葉だけ。つまり私が知ってる山姥切国広はアンタ……写しの方。本物なんて見たことないからそっちはどうでもいいんだよ」

「……じゃあアンタが本歌に会ったら、きっとそっちしか見なくなるんだろうな」

「は?何でそうなるの?」


真顔で即答した紬に、山姥切はまたもや予想外の反応をされて驚いていた。驚いている表情は顔には出なかったものの、まるで意味が分からないと眉を顰め訝しげに彼女を見つめた。
そんな山姥切の気持ちを読み取ったのか、やれやれという表情で小さな溜息を1つ吐く。


「もっと自信持ちなよ。主サマは今のところ全振り揃ってるって言ってた。つまり実装されてるのは君だけなんだ。本歌より先に写しが実装された。本歌はまだ未実装なんだよね?これって本歌を超えてるってことでしょ。誇っていいことだと思うね」

「アンタは……考え方がめちゃくちゃだ。」

「そう?でも筋は通ってるでしょ?……確かに、もし私が写しだったとして……自分を見た周りの人が私を偽物だと貶してきたら、私でもきっと耐えられない。けど、この本丸では君のことをそんな風に言う奴は1人もいないんだから大丈夫でしょ」

「俺は……偽物なんかじゃない。国広第一の最高傑作だ……」

「へぇ〜最高傑作なんだ。いいじゃん、誇れるとこあるじゃん。最初から写しなんて考えずにずっとそう思っておけばいいんだよ。……後、いくら本物を写した刀だからって性格?まで本歌と同じってのはないと思うしさ」

「……どう言う意味だ?」


小さく首を傾げて聞いてくる山姥切に対して、すぐ逃げると思っていたのに意外と会話が続いていると少しだけ驚きながら、何て言ったらいいかな……と呟いた。
要は過ごしてきた本丸での環境などで、私たちの性格は変わるということ。いい例がここの本丸にいる沖田の刀と、主の妹である和音の本丸にいる沖田の刀。基本的な性格は一緒だけど、こちらの加州と大和守は私に対して物凄く口悪い。だが、向こうの本丸の加州と大和守は優しい訳だ。この性格の差は周りの環境や、主の違いからくるものだと思う。
例え本歌と写しが似ていたとしても、今まで過ごしてきた場所や思い出などはそれぞれにあるわけだから、必ずしも同じではないってこと。本歌には本歌、写しには写しの過ごしてきた場所があった。まぁ……君は写しだからと言うせいで嫌な思いをしたかも知れないけれど。とにかく、人だって似てる人はいても完全に同じ人はいないでしょ。そんな感じだと思えばいいんだよ。この本丸にいるたった1人の山姥切には、他の山姥切にはない特徴があると思う。
山姥切も写しとか関係なく、一つの刀として、あなたの役目を全うすればいい。他と比べる必要なんてどこにもない。
紬は言いたかったことを要約しながら山姥切に説明をした。山姥切は何も言わないまま黙って彼女を見つめる。


「見たことない本物のことで頭悩ますなんて時間の無駄かな。気にしないのが1番!大丈夫、私は味方だから」

「……、」

「それに私、意外と君のこと好きだけどね」

「なっ……、は……!?」


驚いていた顔が赤くなる山姥切に「え、そんなびっくりしなくても……」と苦笑する。
山姥切も大倶利伽羅みたいな他人と馴れ合うつもりはない系の冷たい人だと思っていた紬だったが、思ったより表情が豊かで、すぐに感情が顔に出てしまう可愛い人だと感じた。存外、見た目でものを判断してはいけないと思い知らされた気がしたのだ。


「う、写しなのに……その、好き、なのか?」

「だから今写しとか関係ないって言ったばかりでしょ。……一つの刀として、一人の付喪神として別に嫌いじゃないよって意味だよ。あ、そうだ。私これから山姥切のこと切国って呼ぶね」

「……唐突だな。なぜそんな呼び方を」

「国広だと堀くんたちいるからややこしいでしょ?それに山姥切だと本歌と変わらない……だから切国」

「なるほどな……切国か……」

「うん、切国。国広最高傑作の呼び名。」


いいでしょ、と小さくぱちぱちと手を叩いて笑みをみせる紬に、山姥切の表情が少しだけ柔らかくなった。
彼女なら自分を他と比べないでいてくれるだろう、きっと分かってくれるであろうと山姥切に思わせるような、そんな優しい笑みだった。


「あと曽祢さんは本物でも写しでもなく贋作じゃん?それでも自分でそれを認めて、蜂須賀さんにグチグチ言われながらも強く生きてるんだよ。そう考えると切国の抱えてる問題なんてちっぽけなことだと思うね」

「……。そうか……」

「そうそう。……あっ、長話して忘れるところだった。堀くんのとこ行こう切国。そして布洗って綺麗にしてもらおう」

「それは断る。」

「ハァ!?今のは断る流れじゃないだろ!もう、堀くんから連れてきてって言われてんの!」


逃げようとした山姥切の布を、紬はさっと捕まえる。
布を引っ張り堀川のいる方へ向かおうとする紬と、その正反対に逃げようとする山姥切。お互い一歩も譲らないままぐいぐいと引っ張りあっていた。


「アンタは一体俺と兄弟どっちの味方なんだ!」

「どっちもだよ!切国だけ特別味方なんてするわけないだろ!と言うか堀くん怒ったら本当に怖いんだからな!?1番怒らせたらダメなタイプなんだから!ほら!いいから来い……っ!」

「やめろ!俺にはこれで十分だ!布のない姿で過ごすなんて出来るわけがない!無理だ!」


これで十分って何だそれ!さっきの話は何だったんだ!と痺れを切らした紬は、思いっきり布をぐいっと引っ張り、山姥切がよろけた隙に布を剥ぎ取った。
そして自分の羽織を脱いでバサりと山姥切に被せる。


「もう、手間かけさせて……やっと布取れた」

「な……?あ、アンタ、これ……」

「うん、貸すよ。それ被ってていいから布乾くまで待ってて」


ただし大事な羽織だから汚した場合は容赦しないけどね、と吐き捨てて布を持ったまま堀川のいる方角へ歩き出す。これを期に、山姥切と紬の距離が縮まっていくのだった。
布を持って堀川のところへ行けば「ありがとう」と微笑んで紬の頭を優しく撫でる。水に浸けていた堀川の手は冷たくて、とても気持ち良さそうに紬はふふんと笑った。怒らせたら怖いんだからと言いつつも、普段の堀川は優しいためデレデレである。
そう言えば何で羽織着てないの?ときょとんとした顔で首を傾げる堀川。紬の羽織の中に来ている濃紅に蝋色の衿の和服は、膝上の丈に、袖無し───所謂ノースリーブ状。そのため、いつも着ている羽織の代わりに、白い肌を見せていた。
彼女から経緯を聞いた堀川は、何かごめんね……お疲れ様、と申し訳なさそうに謝った。羽織さえ汚さなければ別にいいんだよ、と返す紬にもう一度ありがとうと頭を撫でる。そして急いで洗ってあげないとねと再び洗濯に取り掛かったため、そこで紬は堀川や骨喰と別れ、居間に戻ることにした。

その帰り際。満足げに歩いていた紬の耳に、ガサガサッという音が届いた。反応してそちらを向くと小さな茂みがあり、その茂みから黄色い尻尾をちらりと覗かせている何か。


「(鳴狐のお供……)……そんな所で何してるの?」


挟まっているのだろうか、と思い茂みを避けてやると「はぁ〜ありがとうございます、助かりました!」と出てくる狐。だがそれは、紬の予想していた狐とは大分違っていた。


「あれ……、鳴狐のお供じゃない……」

「……?アナタは……和真様のご友人でございますか?」

「……え?主サマ?」

「主?和真様のことですが……違うのですか?ではなぜ……いや、待ってください。いま主と仰いました……?」

「……?」

「アナタ………もしや、刀剣ですか?」


紬は、鳴狐のお供ではない第2の喋る狐と出くわしたのだった。
一方、浅葱色の布を被っていた山姥切は厄介なことに加州と大和守に捕まっていた。


「あれ?その羽織どうしたの?紬のじゃないの?え?」

「は?何でアイツの羽織被ってんの?ねぇねぇ何で?」

「いつもの布はどうしたの?何だかんだ言って紬その羽織大事にしてるのに?それなのに借りちゃったの?」

「せっかく白い肌なのに日焼けでもしたらどうすんの?可哀想とか思わないの?遠慮とかしないの?」


などと問い詰められていた。山姥切が返答する間もなく、次から次へと言葉を浴びせられる。いつも喧嘩ばかりしている彼らだが、何だかんだで紬の隠れセコムだ。しかも怖い。
沖田の刀に問い詰められるという精神的トラウマを作った山姥切が紬の元へ羽織を返しに行くまで、あと10分。そして紬がこんのすけを抱き抱えて和真の元へ行くまで、あと5分。


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