桜の花びら四三枚


「違う違う!そこはもっとこう、回り込んだ方がやりやすいんだって!」

「……。いや、さすがにそれは藤堂さんが小柄だからできる所業だと思う」

「なにをぅ!?ちょっと背が高いからって生意気だな八重!教えてやんねーぞ!」

「ごめんごめん。それじゃあこうは?速さで補って……首を狙う。だめ?」

「まあまあ。」

「適当か」


違っげーよ!もし相手がこう動いてきたら補いきれないだろーが!と続けた藤堂に、ああなるほど、と納得する八重。そんな彼女の手には木刀が握られており、それを相手にしている藤堂の手にも鞘に収められたままの刀が握られていた。
───彼女は、藤堂に稽古をつけてもらっていたのだ。
事の発端は数日前。


「───あ。」

「───……え、」


本当に偶然だった。
幕末の地に降り立ち、八重として働いていた甘味処でばったり藤堂と遭遇してしまったのだ。
あえて新撰組や御陵衛士の屯所とは遠い場所に仮住まいを選んだはずだ。加州もここなら大丈夫そうだと頷いていた。
和真曰く、一度本丸に帰還すれば接触した記憶は自然と消去されるとも聞いていた。だから、完全に油断していた。次は一体何のバグだと言うのだとつい頭を抱えそうになりながら、まじまじと見つめた挙句に話しかけてきた彼に返答せざるを得なかったと言うわけだ。


「どっかで見たことあると思ったらあんときの!」

「……なんのこと、でしょうか」

「しらばっくれても無駄だかんな!俺の顔見た瞬間“あっ”て顔してたし!」

「ごめん八重ちゃん!向こうのお客さんにこれ持ってってちょうだい!」

「はーい!……えっと、すみませんけど、」

「おばちゃ〜ん!俺にも団子ひとつ〜!」


店前に設置してあった近くの縁台に腰を下ろした彼は、彼女を見るとにやりと口角を上げた。どうやら見逃してくれる気はないらしい。
幕末に潜入する前、和真は『新撰組には近付きすぎるな』と言った。その時点で紬は言い回しについて、密かに疑問を抱いていた。
なぜ彼は『御陵衛士や藤堂平助に近付きすぎるな』とは言わなかったのだろうか。普段から確立させたい事柄は抜け目なく明言しておく人だ。歴史に詳しく、戦略にまで口を出せるような彼が、藤堂平助が池田屋事件のあと程なくして隊を離脱することを知らないはずがない。そこを明言しないはずがないのだ。
つまり。それは裏を返せば『新撰組でなければ多少の接触を黙認する』ということとも捉えられる。
とりあえず藤堂の方から接触してきた上に、紬のことを『覚えている』という彼を適当にあしらうことなんて不可能に近い。こうなった以上、逃げも隠れもできないと判断した紬は諦めて、藤堂に言うための言い訳を考えながら仕事に戻ったのだった。
それから客の波が引いた頃、手が空いた紬は縁台に置かれたままの皿を片すべく外へ出た。
藤堂平助は、まだそこにいた。空になっている皿を横に置いたまま、静かに目を閉じている。
果たしてこれは、紬から声がかかるのを待っているのだろうか。距離を取ったまま彼の様子を横目で伺いながら、そっと縁台の皿を取る。


「───気配を殺した歩き方」


しかし、ふと急に声は発せられた。その意味深な言葉にぴくりと反応した紬が、彼を見ない選択肢などない。藤堂もまた、静かに目を開くと彼女の方へ視線を向けた。


「日頃から染みついた癖ってのは、そう簡単には消せらんねーよな」

「……。……公の場でそう言う発言は控えてほしいんだけど」

「悪い悪い。……お前、八重って言うの?」

「……」

「無言は肯定と捉えっからな〜。」


相変わらず鋭い観察眼を持つ藤堂は呑気にこの後時間あるかなんて彼女に問いかけてくる。
彼がこの時代の紬ではない存在を覚えていて話しかけてきた時点でとうに回避することを諦めた彼女は、半ば投げやりで頷いて、小さく息を吐いた。
全てを教えてくれた最も大切な人が元気な様子で目の前にいる。その実感と、これから先に起こる未来歴史を思い出しやるせない気分になっている紬をよそに、藤堂は「よかった」とにっと歯を見せるように笑った。
その日からたまに藤堂が姿を見せるようになり、会話を重ねていくうちに剣術を教わるまでの間柄になってしまったと言うわけだ。


「(……でも、主サマのことだから、てっきり不安要素を減らすために平助くんとは接触するなって言うと思ったのに……いや、もしかしたら言わなくても分かるだろ、って意味だったのかも知れない)」


もちろん言われたように、新撰組との接触をしないように気をつけていた。藤堂平助との接触もしないように離れた位置で様子を伺っていたのも事実だ。
藤堂平助がこの時代の者ではない存在を覚えていたことは、主に報告するべきなのだろうか。


「おーい。八重?」

「あ、ごめん。何か言った?」


彼と出会った頃のことを思い返していたせいか、つい目の前のことが疎かになっていた。藤堂に声をかけられてはっと現実に意識が引き戻される。
お前って気が付けば何か考え事してるよな、と皮肉っぽく笑う藤堂。誰のせいだと言ってやりたいところをグッと堪えて、きっと私の『主』に似たんだろうねとだけ返した。
報告は、今のところするという結論には至ってない。これ以上彼に深入りするつもりはないし、藤堂の方もこちらに踏み込んでくるような仕草もない。もちろん藤堂平助の延命に繋がるような発言もしていないし、するつもりもない。
むしろこれはこちらにとっては好都合だと捉えたい。歴史修正主義者に成り果ててしまった上総介兼重の目的を突き止めて阻止するにはそれなりに近い所にいた方がより成功率はあがる。それが出来てやっと彼女は自分の本丸に安心して帰ることが出来るのだ。
このままこの距離を保つ。保ちながら、周囲を探る。決して当事者にバレないように。


「(……あと何回、君とこうして会えるだろうか)」


時は一刻一刻と刻んでいっている。恐らく片手で数えられるほどだろう。"あの日"がやってくるのもそう遠くはない。


「……八重!」

「っ!?」


しかし彼はしんみりする時間を与えてはくれないらしい。
反射的にそちらを向けば、刀がこちら目がけて迫ってきていた。持っていた木刀で軽くいなして距離を取る。
急に何だという思いを込めて藤堂に視線を送れば、目が合った彼は口角をあげた。


「しみったれた顔してんなぁ?」


別に何を考えようと私の勝手でしょ、なんてあの頃したことなかった悪態をついてみる。けれど藤堂は相変わらず笑っていた。と言うより、鼻で笑った。


「何に悩んでんのか知んねーけど、どーせ大したことないんだろ」

「……。何でそんなこと藤堂さんに───」

「お、怒ったか?……お前たぶんごちゃごちゃ考えすぎなんだよ。んで勝手にやなこと想像して勝手に暗くなってやがんの。じゃなきゃ俺と会ってる最中にしみったれた顔なんてするわけねぇ」


藤堂の煽るような言葉に、ぴくりと、紬は眉間に皺を寄せた。しかし彼女の言葉を遮るように再び藤堂は嫌味たらしく言葉を返す。
確かに彼の言うことは最もだ。わざわざ時間を作って会いに来てくれているのに、他のことを考えてさらには暗い顔をしているだなんて、藤堂からしたら不服で面白くも何もない。


「考えたところで答えが見つけられねぇんなら端から考えんな。時間の無駄だ」

「……ごめん」

「知ってっか八重。体を動かすことが脳にとって一番の疲労回復法って言われてんの。頭で考えるよりも、体を動かした方が上手くいく場合もある」


藤堂はそう言いながら、手に持っている刀とは別に佩刀しているもう一本の刀を鞘ごと取り外した。一見黒に見えるその鞘は、光の加減によって紫だというのが分かる。上総介兼重が刃こぼれをして役に立たなくなってからは、こちらの刀をメインに使っていることが増えていた。
そんな藤堂の様子を見ていれば、彼は「ほらよ」という声と同時にそれをこちらへ向かって軽く投げたきた。反射的というべきか、投げられた今それを受け取らない選択肢などなかった紬は目の前でその刀を掴む。


「だからまず、頭ん中にあるもん全部一旦隅に置いて、お前は体を動かせ」


強くなりてぇんだろ?と笑う藤堂は持っている刀───上総介兼重を鞘から抜くと、静かに構えた。がたがたの刃に嫌でも目がいく。どう考えても切れ味が悪そうだ。


「……どうして、私がこっち?」

「あ?こっちは貸さねーぞ?」

「いや、うん、それはいいんだけどさ。……見るからに斬れなさそうじゃん、それ。普通はいざという時のために使える刀を傍に置いておこうとか思わないのかなって」


言い方は悪いかもしれないけど、理解が出来ない。素直にそう述べれば、藤堂は持っているそれに視線をやった。
あの頃に思っていた疑問。いや、正確には当時の不安が積み重なったことで見えてしまった疑問。浮き彫りになった問題点。
なぜ彼は、使えない刀を捨ててしまわなかったのか。


「───ずっと、一緒にやってきたんだ。」


しかしそのような選択肢は最初から持ち合わせていなかったとでも言うように、目の前の藤堂平助という男ははっきりとそう言葉を口にした。
家を出る前から、玄武館で北辰一刀流学んだ時も、試衛館に食客として入り浸った時も、壬生浪、浪士組、新撰組として過ごして来た時も、御陵衛士になった今の今まで、楽しい時も辛い時も。ずっと、一緒にやってきたのだと。乗り越えてきたのだと。


「いつの間にか、こいつが"ある"だけで心の支えになってた」


お守りみたいなもんだ、と小さく呟いた藤堂は、いつの日にか見た慈愛に満ちた表情でそれを見ていた。
それを見て、彼女はつい息を呑む。初めて聞いたその言葉に、心臓のあたりが熱くなると同時に、ぎゅうっと締め付けられるように痛くなる。
刀が使ってくれる主を想うのは当然のことだ。けれどその逆もあるということを考えたことがなかった。もちろん愛されている自覚はあったし、大切にされているのも分かっていた。
でもずっと心のどこかで、付喪神としての存在を認識できないままの方が良かったのではないかと思っていた。彼女の姿が視えてしまったせいで、彼の生き伸びる術を、わずかな希望を、握り潰してしまったのではないかと考えるようになっていた。
彼にとってこの上総介兼重と言う刀の存在が、大きな心の支えになっていたなど誰が想像できようか。


「……愚問だった。」

「ほんとにな!で、やんの?やんねーの?」

「やる。けど、折れても文句言わないでよね」

「ぜーんぶ躱したり受け流してやっから問題ねぇ。むしろ折れるモンなら折ってみろよ」


文字通り、真剣勝負。
紬は手にしたその刀を静かに抜刀した。それは太陽の光で刃を青白く輝かせ、一層艶やかさに磨きをかける。その柄を握り直して目の前の男を見据えれば、彼、藤堂平助は再び口角をあげで笑ったのだった。


「いい顔してんじゃねーか」





∞ - - - - - - - - - - - - - - - - - ∞

当初は書く予定なかったんですが、紬さんと平助くんの絡みが好きと言ってくれるトッモがいたので急遽ストーリーを捻じ曲げてぶち込みました。私もこのふたりのシーン書くの楽しくて好きです。
それはさておき最近他の男士くんの出番なくてごめんなさいね!清光さんはそろそろアップよろしく!(?)


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