桜の花びら六枚


「主おっかえりー!」

「あぁ、清光……ただいま」


自分の本丸に帰ると、まず1番始めに加州が出迎えた。
靴を脱いで中に入るのは和真と獅子王。出ていった筈のもう一振りが見当たらなくてきょろきょろしていれば、後から大和守がやってきた。


「おかえりなさーい。……あれ、紬は?」

「あー、うん……うん、えっと、それがさ……。……泊まりたいって聞かなくてさ……」


首裏に手を当てて申し訳なさそうに呟いた和真に「ハァ!?」と2人の大きな声が重なる。どうやら怒っているようだった。


「何それ!折角みんなでアイツの歓迎会の準備したのに!」

「主……何のために紬を連れ出したの?時間稼ぎの意味無いじゃん」

「滅相もございません……」


二振りが怒っているのには理由があった。どうやら和真と紬と獅子王が出かけている間にサプライズとして歓迎会の準備をしていたようだった。主である和真も近侍の獅子王もそのことは了承済みで、紬にバレないようにするために準備が終わる頃まで外へ連れ出すと言う担当を受け持っていた、のだが。和真の妹に合わせるという理由で外に出たのが、裏目に出てしまったようだ。彼女が泊まると言い出してしまったのだ。最初から決めていた買い物に付き合わせる方が確実に良かったと後悔した。
しかし彼女が帰ってこないと意味がない。主役のいない歓迎会なんて可笑しいにも程がある。だが彼女を驚かせようとみんなで考えたサイプライズなため、理由を話すわけにもいかない。もし言ってしまえば、楽しそうに準備を考えていた刀剣たちの気持ちを踏みにじってしまう。だから今バラしてしまうとみんなが可哀想だ。という結論に辿り着き、和真は手に負えなくなった彼女を渋々置いて帰ってきたという訳だった。


「あとさ……これ、お前らに言って普通に信じてもらえるか分かんねぇけど……俺の妹がお前らの言う和音の生まれ変わりらしくて、出会った瞬間紬が和音に抱きついてた……連れ戻すのはかなり難しいかも」


正直俺もまだ頭の中整理出来てないんだけど、と呟いた和真の言葉はもう2人には届いていなかった。


「「ハァ!?」」

「和音さんがいるの!?生きてるの!!?」

「ちょっと何それ!どういうこと!?生まれ変わり!?」

「ねぇ獅子王!和音さんの本丸ID教えて!」

「俺ちょっと堀川たち呼んでくる!」

「お、お前らまさか和音のところ行く気!?どうやって!」

「「走る!兼定と長曽祢さんは馬!」」


本当に息ピッタリな2人組だ。揃いも揃って同じ言葉を叫ぶとドタドタの本丸の廊下を走っていった。
オイオイオイちょっと待てよ!紬を連れ戻しに行くとかなら分かるが何だそれ!俺の可愛い妹に何しに行く気だ!と二振りを追いかけ廊下を走れば「廊下を走るんじゃない!全く雅の欠片もないね!」と歌仙に怒鳴られてしまった。歌仙に捕まってしまったせいで、いつの間にか新撰組のメンバーはいなくなっており、おまけに獅子王と馬が拉致されている。


「つーかあんだけ喧嘩して嫌いだの何だの言ってる割には、2人とも紬の歓迎会準備ノリノリだし……素直じゃない奴ら」


とりあえず俺の可愛い妹に謝罪のメールを送ろう、と和真はスマホを取り出したのだった。




「あーるじー」

「もう、急に甘えたさんになるんだから加州くんは」


和音は困った顔をしながらもどこか楽しそうに笑いながらよしよしと加州の頭を撫でる。紬の目の前でイチャつき出す2人を見て、彼女はぽかんと口を開けていた。
和真に対しては殺気ダダ漏れの究極に冷たかった加州なのに、和真がいなくなった途端、和音にひっつき出したのだ。しかも超がついてもいいほどデレデレである。
もしや2人はそう言う関係なのか……いやでもまさか……と混乱していれば、「あーこの2人恋仲だから」と大和守が呆れながら呟いた。そのまさかだった。そしてその言葉に「と言っても清光くんは通常運転だけどね」と苦笑した堀川。その隣で「生まれ変わりと言えど、2度目の人生だし過去をずっと引きずっててもな」と意外と真面目な言葉を返した和泉守。驚く暇もないほど話が進んでいくため、紬の反応が薄くなる。
言わずもがなこの3人はもちろん、こちらは和音本丸の刀剣である。そのためつい先程、加州が3人を呼んできて再会をしたということなのだが、


「(自分の本丸と全然違う……)」


なぜか加州は和音にデレデレでくっついているし、大和守は雰囲気がどことなくふんわりしているし、堀川に至っては優しいのはあまり変わらないが(色んな意味で)天然オーラが滲み出ているし、和泉守は何となく考え方も性格もクールだ。本当に紬のいる本丸とこちらの本丸の刀剣の性格がこんなにも違うと感じるのは自分だけなのだろうか、と頭を抱えそうになる。そもそも、加州と大和守が皮肉なことを言ってこないことについて今現在1番驚いている。
なぜこんなにも優しいのか。こんな二振りは知らない。見たことがない。
なぜこうにも差が出て……と考えたところで、出会い頭に抜刀したことを思い出す。きっとそれが原因なのだろうと結論に至った紬だったがどうせもう起きてしまったことなのだから仕方が無いと諦めた。


「それにしても、まさか紬に会えるなんてね。それだけは主の兄に感謝しないと……って何その微妙な顔」

「いや……なぜこんなにも世界は残酷なんだろうなって……」

「……何言ってんの紬?え……何かあったの?大丈夫?」

「どうかしたの?悩みあるなら聞くけど」

「安定と清光が優しい意味分かんない」


爽やかに笑う大和守になんて言っていいのか分からず、とりあえず思っていることを口にすれば、未だに和音にひっついている加州から物凄い心配をされた。そんな優しい二振りは顕現してから見たことがない。
何だこれ。訳が分からない。逆に怖い。ウチの本丸にいる二振りにその優しさを分けてやってほしい。切実に。と紬は心の中で密かに願った。
太陽のように明るくて優しい和音のところにいることで、2人は毒気を抜かれたのだろうか。


「紬ちゃんの所の加州くんや安定くんは優しくないの?」

「うん、まぁ……でも私が悪いんだ。抜刀してしまったから」


抜刀?と首を傾げる堀川に頷き、今までの経緯を話した。今までの、と言うよりつい昨日の出来事なのだが。
全て話終えると、その場にいた5人はなるほどねと頷いていた。しんみりとさせてしまい、申し訳なくなる。


「紬ちゃんからは永倉くんのしたこと、そんな風に見えちゃってたんだね……」

「平助くんと1番仲良かった人だったから……そんなこと思いたくなかったし、思っちゃいけないと思った。だけど……」

「そっか……。藤堂くんは隊の中でも最年少だったけど、曲ったことが嫌いなしっかりした子だったから……私は彼が裏切ったんじゃないって分かってたよ。紬ちゃんも、そんな大切な主に着いて行っただけだもんね」

「和さん……」

「ま、今日はここに泊まるんだろ?向こうの本丸じゃねぇんだしゆっくりして行けばいいさ。優しい沖田組を堪能しとけ」

「何か……兼定がイケメンに見える……」

「見えるじゃなくてイケメンだからな」

「そうだよ兼さんはカッコよくてつよぉ〜い刀なんだから!」

「あ、そこはどこの本丸も変わらないんだ。間に合ってるから要らない」


和泉守と堀川の通常運転な会話にツッコミを入れた紬の言葉で部屋に笑いが響いた。この時の紬の心の中には、この地に降り立ってからずっと望んできた“復讐”の2文字は消え、黒い蟠りは晴れてなくなっていた。
昔の、藤堂平助がまだ隊にいた頃に戻ったような、懐かしい気分だと紬は思った。


「……あーあ、私こっちに住みた───」

「「御用改めである!!」」

「「!!?!??」」


似たような声が外から響き、襖がスパーンと開かれる。部屋の中にいた全員が驚いて開いた襖の方を見れば、そこには並んだ“自分たち”が立っていた。


「紬いた!って何他の本丸にちゃっかり馴染んでんのさ!うっざ、ふざけてる!」

「しかも僕たちといるし……向こうでは散々新撰組は嫌いだーなんて言ってたくせにね。はーホントやな奴ー!」

「……ほらね、お口悪いでしょ。」

「「確かに」」

「な、何で兄さんの刀剣が?ってか何で肝心な兄貴いないの?」


和音の一言で和真本丸の新撰組メンバーの視線が彼女ひとりに向けられる。だがそれを見た途端「和音!」「和音さん!」と彼女に飛びついた。加州と大和守に飛びつかれた本人は、え?え?どういう状況?と困惑しながらもしっかりと受け止めている。


「……あー、この様子だとそっちの本丸は国広か兼定から前世の主がどうなったかを既に聞いてるっぽいな」

「うん、そう言うことみたい」

「私は今日そのことを堀くんから聞いたけど、あの2人は前から教えてもらってたみたい。私は自分が折れた後のこと何も知らなかったから……まさか殺されてたなんて思わなかった」

「ふーん、なるほどね……だから向こうの僕は主を見ても斬りかかって来ないんだ」

「いやそれお前だけだと思うよ。いくら国広から和音のこと知らされなかったからって会ってすぐ主殺そうとする方が可笑しい」

「えっ何?和さん殺そうとしたの?信じられない……」

「……それは過去の話。そもそも怒ってただけであって殺す気なんて端からなかったし。今はそんなことしないよ」

「当たり前。……つーかいつまで主にくっついてんだオラァ!」


和音本丸の加州と大和守と紬は座ったまま、和音に抱きついている和真本丸の刀剣を見て会話をしていた。だが、一向に離れようとしない彼らに痺れを切らした和音大好きセコムこと加州清光は、いい加減にしろと立ち上がる。
いくら向こうの俺でもそれ以上の接触は許すか!と言いながら和音の方へ寄る加州。そこからはもう大騒動だった。和音の本丸の加州が半ギレでみんなを引き剥がした後。紬と加州と大和守のいつも通りの喧嘩が始まり、何の罪もない和泉守が巻き込まれ、とばっちりを食らい喧嘩に参戦。異常な笑みを貼り付けた、怒っているであろう堀川に「よその本丸で暴れない!」と4人に拳骨が下され喧嘩に終止符を打った。
その間に和音の本丸にはいない長曽祢と和音本丸の新撰組が話をしに行ったり、こちらの新撰組に懐いてしまって帰りたくないと言う紬を『紬連れ戻し隊(長曽祢命名)』が連れて帰ろうとすれば、とても優しい方(紬フィルター)の大和守が「紬は僕達と一緒にいたいんだって。もういっそ紬は和音さん主にして僕たちと暮らせばいいんじゃない?」とカマをかけ喧嘩へ発展しそうになったりと、とにかく大変だった。
結局、この騒動は和音の「いい加減にしなさい!」という一言で喧嘩という名の紬の取り合いは収まった。彼女が本気で怒ったら怖いと言うことを知っていたからこそ、即座にお互いが謝り和解する。
紬については今日の所は帰ることになったが、また今度泊らせてという約束を和音に取り付けてみんなと一緒に帰っていった。

そこから場所は変わり、和真本丸。
携帯の着信音が鳴り、誰だよと思いながらダルそうに画面をチラリと見た和真は『マイエンジェル』と言う表示を見た瞬間ささっと通話ボタンをスライドして耳に当てた。


「もしもしマイハニー急に俺に電話なんてどうしたのー?俺の声が聞きたくなった?恋しくなったのかな?」

『……殺すよ』

「ゴメンナサイ」


かなりトーンの落ちた声で、疑問形ですらない怖い単語が一言返ってきたため即座に謝る。見られているわけでもないのに、驚きすぎて和真はしゃきっと綺麗な正座をした。


『紬ちゃんも含めさっきみんな帰したから。』

「あー、何かごめんな。俺止めたんだけどアイツら聞かなくて……喧嘩しなかったか?」

『……色々と大騒動でしたが。』

「申し訳ないほんと。」

『いいよ別に、こっちの新撰組メンバーも紬ちゃんや長曽祢くんに会えて良かったって言ってたし。……それより紬ちゃんのことで聞きたいことがあるんだけど……』

「おう、何?」

『彼女のこと……政府には報告済みなの?』

「……いや、まだ。正直、政府に言っていいものなのかどうなのかってところだからな……和音はどうすべきだと思う?」

『……出来れば"今は"まだ報告しない方がいい、というのが私の考え。場合によっては没収と言うことも考えられるから。……でもこんのすけぐらいには見たことない刀剣が現れた場合はどうなるのかって事をこっそり聞いておいた方がいいかもね。バグで出てきた以上、紬ちゃん自身にどんなことが起こるか分からないし……。こんのすけの返答次第で報告するか考えるってところ』

「だよな……分かった。こんのすけが来た時に探り入れてみる」

『うん……こんちゃんいつ現れるか分からないから気を付けてね。私も何か分かったら連絡する』


さんきゅー、助かる。そう言うと和真は通話を切った。それと同時にただいまーという声がする。
やっと帰ってきたか、と急いで行って見れば「紬確保ー」と加州と大和守が彼女の両腕を掴んでいた。当の彼女は、痛い痛い痛いホント扱い酷いんだけど何なのコイツら向こうの2人の方が優しかったしあーあ泊まりたかっ…あ"あ"あ"いたたたたたた痛いってば二の腕抓んな馬鹿!なんて騒いでいる。
いやぁ愛されてるね。何だかんだ言って愛されてるよ紬は。清光も安定も素直になれないだけで、本当は彼女のことが大好きなのだと、見ていればすぐにわかる。彼らの顔に、そう書いてある。こう言うのを愛情の裏返しって言うんだろうな。好きな子の前では素直になれなかったり、からかったり……みたいな。小学生の子供みたいで可愛いよな。
それより向こうの清光が優しいだって?いやいやそんな訳ないだろ。だって俺、今日本当に殺されるのかと思ったよ?しかも脇腹にヒールがクリーンヒット。めっちゃ痛かったしあっちの清光怖すぎだって。と、そんなことを色々と思いながら和真は「おかえり」と一言呟く。新撰組の後ろにいた獅子王は疲れ切った顔をしていた。お疲れ。


「さて、そんじゃー紬も帰って来たし、大広間に行きますか」


和真の言葉にはーいと返事を返す新撰組刀。紬の掴まれていた両脇は自由になり、やっと普通に歩けるようになる。ところでなぜ大広間に行くのか、紬はそう疑問を抱いて周りの顔をちらりと伺えばなぜかみんな心なしかニコニコしていた。気持ち悪い。と言うか不気味で怖い。そう思いながら、顔を引き攣らせる。
ねぇ堀くん、今から何かあるの?と堀川の隣に行きそう聞けば「さぁ?時間的にはちょっと早いけど夕餉とかなんじゃないかな?」と帰ってきた。あ、そうか。もうそんな時間なのかと理解する。居間の前まで来てみたはいいものの、昨日の賑やかな声は一切聞こえてこなかった。中に誰もいない……訳はないだろう。気配がある。どうかしたのだろうか。彼女が頭の中でぐるぐるとそのことについて考えていれば、突然和真に「紬」と名を呼ばれた。隣の堀川がすっと彼女の背を押す。紬より後ろに立っている和真、獅子王、加州、大和守、堀川、和泉守、長曽祢が彼女をじっと見つめる。何?開けろという意味?さっきまでとは違う、不自然な態度を取ってくる意味が分からず、あまり面白くない気持ちになりながら襖を開けると。
パン、パン、パンと大きな破裂音が一斉に鳴り響いた。


「へ……?」

「「ようこそ紬!」」


目の前には沢山の刀剣男士と豪華な料理が並んでいた。横長の紙に上総介兼重歓迎会と大きく書かれた文字。居間の周りは折り紙などで装飾されている。


「どうだ、驚いたか!紬の歓迎会だぜ!」

「……お、おどろいた」

「そりゃ良かったぜ!サプライズにした甲斐があったな!」


成功だなと満足げに笑う鶴丸国永。他の刀剣も笑顔で、どことなく嬉しそうな表情をしていた。
でもなぜ、歓迎会なんてものを開いてくれたのか。紬にはそれがいまいち理解出来ていなかった。


「小狐や吉行、鶴や三日月はともかく……私、他のみんなには嫌われてるのかと思った」


紬がそう呟けば「何でそんな変なこと思ってたのさ!?」と高い声が返ってきた。勢いで立ち上がって聞いてきた子は桃色の髪の、女の子みたいな刀剣男士。彼の問いに紬は「自業自得だと言うのは分かってるけど……私を見る目が怯えていたから」と静かに呟いた。
だけど、この先はどう対処すればいいのか、紬の中で既に答えは出ていた。みんな、と彼女は言葉を切り出す。


「昨日は突然抜刀したりして……怖がらせてしまって申し訳ない。それからこの様な会を開いてくれてありがとう」


紬はそう言って深く頭を下げた。昨日は紬が真実を知らなかった故に起こってしまった出来事だったが、何も知らない刀剣から見れば第一印象は横暴で怖いと思われるのは当然だった。
だが彼女は本来、礼儀正しく、しっかりとした優しい刀。丁寧な口調でお詫びとお礼を述べ頭を下げた対応を目にした刀剣たちに、彼女がどんな刀なのかが今やっとはっきりと伝わった。
おいおい顔を上げてくれや、そう言って彼女の両肩に優しく触れ顔を上げさせたのは薬研藤四郎だ。


「頭を下げてもらいたくて俺たちは歓迎会を開いたわけじゃねぇんだ。これからは家族。仲良くやろうぜ」

「そうそう!かたっくるしいのは苦手だよ〜。そんなの抜きにして、さっさと祝杯をあげようじゃないかぁ!」

「……ありがと……じゃあ改めて、私は上総介兼重。紬とお呼びください。これからよろしくお願いします」


今度こそ、彼女は本当の笑みでふわりと笑ったのだった。


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