キミと俺との恋愛事情。
「はぁっ、はぁ…っ」
神童先輩の家の前まで来た。かなり速く走って来たせいで上手く呼吸がしづらい。いつも部活で走るペースより何倍も速いと思う。俺にもこんなに速く走れたんだな…って、感心してる場合ではない。俺は息を切られながら1度深呼吸をし、インターホンを鳴らした。
《…はい》
「あ、雷門中サッカー部の狩屋マサキと言います。神童先輩に用があって来たんですけど…」
お母さんらしき声のきれいな人はちょっと待ってて頂戴ねと言ってしばらくした後、玄関から出てきた。
「あ、こんにちは。先生に頼まれてプリントを持ってきました」
「あら、そうなの…わざわざありがとね」
そう言ってにっこり笑う。綺麗な人だな…そう思いつつも頭では武藤先輩のことでいっぱいだった。自然に聞き出そう…
「あの、神童先輩は…?」
「あ、今は紗雪ちゃんが来てて…」
「え、武藤先輩が来てるんですか?」
そう言うと、知ってるの?と神童先輩の母親に聞き返された。自然に、自然に…。
「そうですね。まぁ、武藤先輩とはすごく仲良いですから」
俺がそう言うと、目の前の神童先輩の母親はポロポロと涙を流していた。え!!?
「…ごめんなさい…紗雪ちゃんを…守ってあげ、て…っ」
「っ!?」
先輩のお母さんは泣き崩れて「私じゃ…っ、どうする事も、出来なく…なって、…無理なのよっ…!」と途切れ途切れになりながらも言う。その言葉に、俺はほんの少しの怒りを覚えた。
「…れ、も……っ、…それでも、アンタは母親かよ…」
「…っ!!」
「先輩の部屋はどこですか?」
俺は先輩の母親に部屋の場所を聞くと、お邪魔しますと言って中へと入った。目指すは先輩の部屋へ。俺は走って階段を上がる。間に合ってくれ…!!
「先輩…っ!」
部屋の前に着くと急いでドアを開ける。すると武藤先輩は神童先輩に部屋の隅に追い詰められていた。神童先輩は座り込んで謝っている武藤先輩を殴ろうとしている。危ない!! そう思って勢いよく武藤先輩の前に飛び出した。
───パシンッ
「……ってぇー…」
「マサキ君!?」
何これ…マジでひりひりするんだけど。武藤先輩いつもこんなもの食らってんの?
「はぁー……先輩、大丈夫ですか…?」
「私は大丈夫だけど…!マサキ君は…!!」
「はは、このくらい大したことありませんよ…」
俺は苦笑しながら俺を心配している先輩を見た。今の武藤先輩の姿は別れる前に見た時と違って、いつも着ていたベージュのセーターは着ていなかった。
ブラウスのボタンが1、2個取れて少しはだけ、白い肌を覗かせている。一体、あの間に何があったんだよ…と思っていると「…狩屋?何でここに…そこをどいてくれ」と、いつもとは違う雰囲気を纏った神童先輩が俺を見下ろしていた。
「嫌です。…好きな人を守るのは当然ですから」
「…は?」
「…へ?」
俺は振り返って武藤先輩を見た。
「…先輩。俺、武藤先輩が好き」
そう言うと、先輩は顔を真っ赤にさせる。もうこの際、フられるなんてどうでもよかった。ただ好きだと、そう伝えたかった。
約束したんだ、俺は絶対に先輩を守るって。
「俺はここを絶対に退きません。神童先輩なら分かるでしょう?そんなことしたって武藤先輩を傷つけるだけです」
「う、うるさいっ!」
神童先輩がそう叫んだ瞬間、お腹に痛みが走り、膝をつく。…っ今、腹殴られた。
「マサキ君っ!!」
「っ…そんな顔しないで下さいよ…。武藤先輩が今までに受けたのと比べると、これくらいどうってことないです」
「でも…っ」
「大丈夫ですって!! 俺だって男ですからこれくらい…それに、まだ蹴りじゃないだけマシです」
俺は笑いながら先輩にそう言うと、神童先輩の方を見た。だけど武藤先輩は心配そうな顔をして俺を見ている。
「…たし、だって…、〜〜〜っ、私だって好きな人くらい守りたいっ!!」
そう言って武藤先輩は後ろからぎゅっと俺を抱きしめた。
「…え?」
俺は武藤先輩の抱きしめていた手をゆっくり解き、向き直って先輩を見つめた。先輩は涙をポロポロと流しながら向き直した俺の制服をぎゅうっと握っている。
「私も、マサキ君の事が好きなのっ…!いつの間にか…マサキ君のこと……っだから、傷つく姿は見たくないんだよ…!!」
「先輩…」
俺は泣いている先輩にキスをした。
「…ま、さき…く…」
「俺も、大好きです。武藤先輩」
そう言うと武藤先輩は泣いたまま弱々しく笑った。
「……紗雪も…俺から、離れていく…」
神童先輩…?俺と武藤先輩は同時に神童先輩の方を見る。もう俺の居場所はどこにもないんだな…と呟きだした神童先輩は、目に光なんて宿ってなかった。
居場所?神童先輩の居場所って?神童先輩の言葉に疑問を感じて考えていると先輩は俺たちを見た。
「紗雪が俺のものになってくれないなら…もう…っ!!」
神童先輩は机の上にあったカッターを取る。はぁあ!!!??俺は、ちらっと武藤先輩の顔を窺うと、先輩も口を開けぽかーんとしたまま神童先輩を見上げていた。…え、武藤先輩?もっと他にリアクションは……って、俺も今こんなこと考えてる場合じゃねぇよ!!
これってもしかして…。嫌な予感がした。
「…みんなっ…みんな死ねばいい!!!」
「神童先輩!!? 落ち着いてください!!」
神童先輩は見たことのない表情でこっちに向かってきた。その瞬間「マサキ君っ!!」という声と共に武藤先輩が俺の前にさっと出てきて、俺を強く抱き締めた。
「え…ヤダ、ヤダって先輩!辞めろよ…!!」
ぎゅうっと先輩の服を掴んで叫ぶ。俺なんか庇わなくていい。そんなことしたら先輩が!!
死なないで、そう思っても先輩にきつく抱きしめられ身動きが取れない。どうしようもなくて、俺はぎゅっと目を瞑ることしか出来なかった。
「拓人っ!」
その声で俺と武藤先輩は離れて声の主の方を見る。
「…拓人のお母さん!?」
目の前にはさっきの人…神童先輩のお母さんがいた。先輩が持っていたカッターが音をたてて床に落ちる。カッターには赤黒い血が少し付着していた。まさか……。
「いたた…受け止めるのちょっと失敗しちゃったわ…」
「…母さ、ん…何で…」
「拓人、もうやめて。私が悪かったの…2人は何も悪くないわ。…お母さん、それでも母親かって言われてようやく気付いた。今のあなたを止められるのは紗雪ちゃんでも狩屋君でもない。母親である私だって事を…」
先輩のお母さんは、お腹を抑えながら神童先輩に向かって静かに話を続ける。
「私はあなたに暴力を振るってきてしまった…。だけど、それは間違ってると気付いて私はあなたに謝った。…でも、今度は逆に拓人が私に暴力を振るうようになってしまった」
「(それで拓人のお母さんの腕にアザや傷が…)」
「…だけど、その暴力は私が今までに与えてきた痛みだと思って許してきた。けど、それで拓人の傷が癒える訳じゃなかったのね…」
神童先輩は黙ったまま、自分の母親を見ていた。武藤先輩は俺の隣で心配そうに神童先輩を見つめる。
「私は拓人を愛せばよかったのね…」
「いっ、今更何だ!!」
「拓人…もう人を傷つけて自分を貶めるのはやめて…。お母さん拓人が1番大事よ…」
先輩のお母さんゆっくりと歩み寄って神童先輩を抱き締めた。
「ごめんね、拓人。…愛してるわ」
ずっと黙っていた神童先輩は先輩のお母さんの背中に手をまわして涙を一粒零した。
「遅いよ…っ」
「拓人っ」
「…紗雪、」
武藤先輩は神童先輩のほうへ走って行って抱きついた。
「良かったねっ、良かったね拓人…!!」
「…ああ、」
神童先輩はポロポロと流れた涙を拭って武藤先輩から離れた。
「紗雪、今までごめ…」
「言わなくていい。拓人は何も悪くないから…。…悪いのは私の方。好きじゃないってこと隠したままずっと拓人と付き合ってた…ごめんなさい…っ」
「紗雪が俺を好きじゃないことくらい最初から分かってた。俺が紗雪の優しさにつけこんだんだ。紗雪が謝る事じゃない…ごめんな」
神童先輩は武藤先輩の頭を優しく撫でた後、武藤先輩と目線を合わせてにやっとした表情を見せた。
「紗雪、狩屋のことが好きなんだろ?」
「ぇ、ぁ…う、うん」
武藤先輩は顔を赤くしながら答えた。俺まで赤くなりそうなんだけど…
「…狩屋、」
「は、はい!」
くるっと俺の方を向いてこっちに来た神童先輩は、俺の頬に手を当てた。
「殴ってすまなかったな…。…まだ、紗雪のこと好きだけど、俺は好きな人の幸せを祈る事にするよ。…紗雪のこと、よろしくな?」
「はいっ!! 大事にします!!」
「ちょっ…何その会話恥ずかしい…っ!!」
武藤先輩はさっきより真っ赤な顔をして叫ぶようにして言った。そんな先輩を見て、俺たちは笑いあった。
一件落着、かな…?
───────……
「ねぇ、先輩」
帰り道。空はきれいなオレンジ色から少しずつ青に変わってきている。そんな中、俺と武藤先輩は並んで家に帰るべく、道を歩いていた。
俺は疑問に思っていたことをふと思い出し、先輩を呼ぶ。
「ん?」
「そう言えば、『ますけめ』…って、何ですか?」
そう、神童先輩の家に向かう前に来たメールの返信内容について。俺には全然解読できなかった。
「え?なぁにそれ?何かの暗号?」
「はい?……これですよ!!」
俺はメールを開き、先輩に向かって見せた。
「ん˝ー?………あっ!! これ見ないで打ったからタ行が1つ下にずれちゃったんだ……惜しいな〜」
やっぱ無理があったねー…と苦笑しながら言った。…ってことは。
「じゃあ…『たすけて』ですか!!?」
「そうだけど…ってゆーか、それ分からないで来てくれたの!?」
「なっ、何か胸騒ぎがしたんですよ!…それに、どこにいても俺が守るって言ったじゃないですか!! …まぁ、先輩が無事で良かったですけど!」
恥ずかしくて先輩を置いてスタスタと歩いていた。
「…ねぇ、マサキ君?」
後ろからの声に俺はその場に立ち止まって振り返った。
「何ですか?」
「…き、キスしていい?」
「はっ!?!!?」
武藤先輩の爆弾発言に口がポカンと開く。え、ちょ…は!?
実は…さっき、から…その…、と先輩がごにょごにょと口ごもらせて何かを言っている。全然聞えない。
「え、でも!ここ歩道!! 人来る、人!!え、先輩本気っスか!? え!!?」
迫ってくる先輩にそう言うと、赤くなった顔で「うるさい」と言って唇を重ねた。
「んっ……、…ちょ、先輩ストップ!!」
何だこれ。キス上手すぎだろ!!
…つか、絶対キス魔だこの人。
「やっぱり、嫌だった?ごめん…」
そう言いながらしゅんとする先輩。俺、生涯、絶対にこの人には勝てねぇわ。
「嫌だったらしてないですっ!!」
そう言って先輩の唇に当てるだけのキスをした。
誰よりも、俺は先輩を愛しています。そしてこれからも、ずっと愛し続ける事を今ここで誓う。
俺は隣で歩く先輩を見た。
「先輩、大好きですよ」
「わ、私も…っ!」
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