神様はいない | ナノ

第六話 1/4
 こんなに清々しい目覚めはいつぶりだろう。そう思うほどぱちりと目を開けられた。すぐ横に設置された窓には、レースのカーテンが引かれていたものの陽の光は眩しくて、開いたばかりのものをすぐに細めてしまう。そっと体を起こして、深く息をつく。しばらく目線を下げてそうしていたが、不意に違和感を感じて顔を上げる。
 見たことのない内装だった。キチンと整頓されたシンプルさは自分の部屋と似ているような気がしたが、全く別の場所である。ゆっくりと周りを見回すが物音ひとつ聞こえない。他に誰もいないのだろうか。

「あ、起きた? おはよう」

 ガチャリとドアが開き、そこから顔を覗かせたのははたけさんだった。予想外の人物に体が強張ってしまう。

「目の周りすごい腫れてるけど…ま、あれだけ泣けばね」

 そう言われて、すぐに昨夜のことを思い出して顔が熱くなる。この人の前で死のうとし、あまつさえ泣きわめいてしまったことは記憶に新しい。それで問題なのはそのあとだ。どうして自分はこの部屋のベッドを借りているのだろう。

「あの…これは一体…」
「泣き疲れて寝ちゃったからさ。ここオレの家」
「…も、」
「ん?」
「申し訳ございません!!」

 なんてことだ。自分勝手に命を絶とうとするのを引き止めてもらったばかりか、抱えていた悩みを聞かせ続けた挙げ句そのまま意識を飛ばし、人様のベッドまで陣取って…しかもこの人は自分の上司である。
 失態だ。恥ずかしすぎる。昨日のことも今現在も進行形で。ベッドから飛び退いて、土下座せんばかりに膝をついて頭を下げるとすぐに腕を引かれた。

「いいから、いいから」
「そんな…! しかもわたし、あなたにクナイを…」
「それはもう治ったよ。ほら、顔上げる」

 その言葉に従って恐る恐る顔を上げると、いつも通りのはたけさんがいた。

「お風呂、お湯溜めるからゆっくり浸かっておいで」

 脇に手を入れられて軽々と持ち上げられたかと思うと、そのままポンとベッドに座らされる。向けられた背に遠慮の言葉を投げかけたが手をひらひら振られてかわされた。

………


 熱めのお湯が張られた湯船に、足先からゆっくりと沈めていく。石鹸類を借りて、すっきりとした全身がさらにほぐれるのがわかった。顎のすぐ下までしっかりと浸かり、深くゆっくりと呼吸する。

 浴室に設置された鏡で見た自分の顔は、彼に言われたとおり目の周りが浮腫んで酷いものだった。すっかり温まった手のひらを目に当てて、少しずつ熱を移す。こういうときは温めるほうがいいんだろうか。それとも冷やすほうがいいんだろうか。こうなるほど泣いたことがなかったので対処に困る。
 光を遮ってそうしているうちに、ふと気づいた。こんなに静かで暗いのに、何も考えずにぼうっとしていられることに。昨日までなら、こんなときはずっと答えの出ない澱みが頭の中をずっと回っていた。でもそうならないのは全てをぶちまけるように泣き叫んだからだろうか。人の温もりに触れたからだろうか。

 息を止め、体を丸めて浴槽の底に沈む。無重力の中を浮いて、しばらくたつと息が苦しくなってくる。水面から顔を出して大きく息を吸い込む。…もう消えたいとは思わない。
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