神様はいない | ナノ

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 結局たどり着いた先は、第3演習場近くの慰霊碑だ。どうしてここを選んだのかは自分でもよくわからない。父の背中を探したかったのか、はたけさんにすがりたかったのか…それを突き詰めるのももう嫌だ。
 その前に立って、はたと気づく。何も装備せずただの着の身のままで来てしまったことに。これじゃあ、どうしようも、ない。自分をどうすることもできない。

 あたりは静かだ。ざああ、と吹く風に木の枝や葉の擦れる音しかしない。そのうち、それに混じって人が近づいてくる気配がした。ハッとして振り返ると、はたけさんが立っていた。彼は真っ直ぐこちらを見ている。その瞳に、自分のあんな酷い顔が映っているのかと思うと逃げ出したくなった。
 会いたくない、見られたくないと思っていたのに、どうしてこの人がここにいるのだろう。自分の顔を手のひらで覆い、すぐに背を向ける。

「どうしたんですか」

 自分の声が震えていることになんだか情けなくなった。返事はなく、どうすればいいか悩む。…早く、消えてしまいたいのに。

「七瀬」

 その声はとても優しかった。聞いただけで、涙腺が緩み、止まっていたはずの涙が溢れそうになる。

「退院したんだって? 知らなかったからこの前びっくりしたよ。お見舞い行ったらもういませんって言われてねえ」
「…経過が良好だったので予定より早く帰ることができたんです」
「そうだったの。あれから体調はどう?」

 はたけさんは至極普通に会話を続けている。地面を踏む音に、距離を縮められているのがわかった。

「…忍者をやめるって、あれどうなったの」

 その質問を聞いた途端、勢いよく振り返る。想像していたより近距離にいたはたけさんは、さすがに驚いたように目を見開いていた。彼の腰に手を回してポーチの中へ指先を滑り込ませると、鋭い痛みが走った。それにも構わず、目当てのものを握りしめて飛び退く。
 鈍く光るクナイ。恐らく、いくつか重なっていたうちの一本の、切れ味いい刃先に肌を押し付けてしまったのだろう。見下ろした指先からは血が垂れている。こんな小さな傷なのに、じんじんとした痛みを感じる。そのことに何故か安心した。自分がまだ生きていることを実感したからだろうか。

「…なあに考えてるわけ」

 相も変わらず真っ直ぐにこちらを見るはたけさんに、いつものように笑ってみせる。

「別に簡単なことですよ」
「その顔で言われるといい予感しないね」
「…あはは、死にそうですか?」
「…七瀬」
「当たりですよ。わたし、今から死ぬんです」

 返事はなく、また静寂が訪れた。風が頬を撫ぜて、通り過ぎていく。クナイを持つ右手を掲げ、その先を首元へ添えた。

「七瀬」

 声色は子どもをなだめるような優しいものだった。小さな刃物を持つ自分の手は震えている。チャクラを込めるようなことはしていない。ならばこうなる理由は、と考えて失笑する。

 鋭い切っ先で頸動脈を狙う。激しい出血が起きてしまうが死ねる確率は高い。だけど首を切り裂くよりも早く、こちらへはたけさんが跳躍する。右手首を掴まれそうになるのを既のところでかわし、背後へ飛びのいた。距離を広げて、揺れる銀髪を見据える。

「どうして止めるんですか」
「…お前に死んでほしくないからね」

 小さく、苦しそうな声で言うのに、ある光景がフラッシュバックする。ーーー死ぬな。死んだらもう、何もできない。
 それはいつぞやの約束。この場所で交わした、わたしを生へと縛り付ける枷。

「あ…うああ…」

 言葉にもならない声が、震える口から漏れる。そのあとはただ、叫んだ。辛い、悲しい、そんな気持ちをどう表に出したらいいのかずっとわからなかった。溜めて、爆発したそれはぼろぼろ零れ落ちる涙と、理性のない動物のような雄叫びとなって、わたしの中から出ていく。
 急に手首を掴まれて、引き寄せられた先には感じたことのない温もりがあった。それに触れてしまうのが怖く感じて、突き放そうとする。そのとき右手に持ったままだったクナイが、確かな感触を持って突き刺さったのがわかった。そうなってもはたけさんはわたしを離そうとはしなかった。
 息が止まるほど強く抱きとめられて、陥落する。胸に頬を寄せて、泣きわめいた。大きな背中に手を回し、その温もりと優しさを離すまいと必死に握り締める。

「わたし…わたしは…! 忍者をやめたくない…! まだやれるのに…どうして…!」

 自分の運命を呪い、悲観し、何も言わずに受け止めてくれるはたけさんへ自分の気持ちを吐き出した。言葉は次第に続かなくなり、涙ばかりが流れる。それはすぐに収まることなく、嗚咽とともにだらだら溢れ出た。
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