他人の視点


「ほんとに僕の中にいるわけ?」

 自宅に帰った五条は照明をつけながら廊下を進み、襲ってくる気疲れからすぐにベッドに飛び込んだ。ごろりと仰向けになって、自分を照らすライトをじっと見つめていると光の刺激に目がチカチカしてくる。

 ーいます、というか眩しいです。うっ、ライト見るのやめてください。

「……どうやら本当みたいだね」

 どこに漂っていたのかわからなかった髪の細さほどの気配が、声が響くようになってから確かに左胸にあるような気がしてくるから不思議だ。

「左の胸あたりに感覚があるような気がする」

 ーわたしのですか? えー胸にいるのにどうして見ているものが共有できてるんだろう。

「なんでそんなに冷静でいられてるの?」

 ーそりゃあ、わたしはあなたの中に入ってもう一週間ぐらいになりますもん。

「一週間? 僕が気配を感じるようになったの三日前ぐらいからなんだけど」

 ーわあ、じゃあだいぶ頑張って気配消せてたんですね!

 五条ははあ、と何度目になるかわからない溜め息をついた。有り得ない事態を前に、自分の胸中に居座る相手はなんとも呑気な返事ばかりを寄越すからだ。
 何でこんなことに、、と一瞬考えるも、わからないものはしょうがない。原因に思い当たる節がない五条は、究明を諦めた。入ってきたのが事実なんだから要らぬことに時間を使わず、追い出す方法を先に考えたほうが懸命だ、と前向きに事態を受け入れた。

「とにかく僕の中に居られても迷惑だから、追い出す方法を考えたい。だから君のことを知りたいんだけど」

 すると中の気配がふう、と溜め息をついたような気がした。

 ーそれがですねえ、わたし、自分のこと全然覚えてなくて!

「……は?」

 ー気配を消しながら、あれ? と思ったことがあったんですよ。わたし、何だろう。何でこんなことになってるんだろうって。でも何も思い出せないし、考えても無駄だし、やめました!

 五条は頭を抱えた。呑気を通り越して脳天気な同居人に呆れを通り越してしまったからだ。とりあえず気分転換をしたくなった五条は、なんともいえない気だるさを感じながら体を起こした。

 ーえ、お風呂行くんですか?

「えーほんとにわかるんだ」

 ー嘘なんか言ってない……じゃなくて! 目のやり場に困るんですけど!

「目瞑ってなよ。見たいなら止めないけど」

 ーいつも全力で瞑ってます! 見るわけないです! 当たり前です!

「……そんなことより瞑れる目あるの?」

 ーありますよ〜、たぶん。

 なんとも要領の得ない会話に肩の力が抜けてしまった五条は、はぁ、と息を吐いてから立ち上がる。そのとき感嘆の声が上がった。

「…なに?」

 ーいえ、あなたすごく背が高いですよね。いつも見ていたものと景色が違いすぎて楽しいんです。あーようやく声出して喜べる。

「ふうん」

 確かに、五条は自他ともに認める高身長である。191センチという高さから見る、他人の視点がどうやら新鮮だったらしい気配は、すごいすごいと繰り返していた。

「ねえ、これぐらいはわかる?」

 ーはい? なんでしょう。

「君、元は人間?」

 ーはい、たぶんそうです。

「じゃあ男? 女?」

 うーん、という唸り声のあと、しばらく間が空いてからそれは返事する。

 ーたぶん女だったと思います。一人称も”わたし”だし。それに実はひとつだけ覚えていることが、あって。

「それは、どんな記憶?」

 会話を続けながら、五条は風呂場までの道中に着替えを手に取った。気配は”えーと、えーと”と話す内容を手繰り寄せているようだった。

 ーなんか男の人がわたしに向かって謝ってるんです。ごめん、愛してたよって。だから彼がきっと恋人で、わたしは彼の彼女だったんじゃないかなあって。

「さあ、わかんないよ。今どき同性同士もありふれてるし」

 ーそれは確かに! えーじゃあ、あなたのシャワーシーンにどきどきしてる場合じゃないなあ。

「受け入れ体制万全すぎない? いいの、それで」

 やけにあっさりとした反応に五条は拍子抜けしてしまった。そうこうしている間にも彼は脱衣所に辿り着く。

 ーだってわからないし、想像するのは自由!

 あはは! と元気な笑い声が響いたような気がして、五条は再び呆れたあと、つい口角を持ち上げてしまった。それに気付いたとき、ハッとして口元を手で覆ったが、彼女は視覚を共有してると言っていた。自分が鏡さえ見なければ、この妙な相手にはわからないかと思い直す。

「どんだけ楽観的なの」

 ーですよね、でも楽でいいです! 楽観的だけに!

「……はいはい」

 変なやつ、と思った瞬間、脳内で”変じゃないです!”と響いたので、五条はまた口角を持ち上げてしまった。
 そして遠慮なく服を脱ぎ始めたとき、頭の中で”ちょっと! 服脱ぐんなら教えてくださいよ!”と怒ったような声が響いた。



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