確かに存在した
急に引き止められた男は驚いた顔をして五条を見た。そして五条もまた誰かに引き止められた。後ろを見るとカフェの店員だった。
「すみません、お会計がお済みでないようですが……」
五条はハッとしてカフェの方へ爪先を向ける。そして顔だけで振り返り、ななこの名前を出した。
「七瀬ななこ、この名前に聞き覚えあるよね? この子のことで話がしたい」
そう伝えたおかげか、五条が会計を済ませたあとも男はきちんと待っていた。そして戻ってきた五条を見るなり口を開く。
「彼女とは一体どういう関係で?」
五条を睨む高圧的な態度に彼は少々苛ついた。
ーすみません、五条さん、ここは穏便に……、
「僕、彼女の恋人なんだよね」
ー五条さーん!!!!
ななこの叫びが頭の中に響くもそれを笑顔で無視し、元婚約者の恋人と名乗るこちらにいささか動揺したように見える男を見下ろす。
「は? そんなの信じられる訳がないでしょう」
「まあ、それは確かに。でも全部聞いてるよ」
そして五条はさらりと告げた。ななこから聞いたことや断片的に見た映像、この男の浮気相手である女から聞いた内容などを繋ぎ合わせて突きつけたのだ。
額に脂汗浮かべてそれを聞いていた男は溜め息をひとつ漏らした。
「あいつ、そんなことまで知ってたんですね」
「そりゃあ女の勘は鋭いよ〜」
「一回、彼女からの着信見られただけだと思ってたのに」
男がそのセリフを言った途端、五条の左胸が重くなる。ーーーなるほど、だから僕の携帯に着信があったことが紐付いて思い出したのか。納得しながらも、彼は自分の左胸にそっと手のひらを添える。
「ねえ、もういいから。過去に興味はないんだよ。僕はななこの今が知りたい。……彼女は生きてるんだよね?」
その問いに男は不思議そうに首を傾げる。
「……どうして知らないんですか? というかななこの恋人っていつの話ですか? アイツは……その、」
表情を曇らせ、俯いた男に五条は凄む。そうして聞いた内容は想像できていたようでどこか予想外だった。
「ななこは俺が別れを告げてから一ヶ月後ぐらいに屋上から飛び降りました。一命は取り留めましたが……そこからずっと目を覚ましていません」
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