答え合わせのその先に
五条は自分の発言や行動を珍しく悔やみ、悩んだ。
断片的に見せられた映像は、その一瞬のうちからも甘ったるい幸せが漂ってくるようなものであった。その渦中にいた本人なら、より一層浸れていただろう。それが他の女により呆気なく散り、自分は屋上から身を投げ、生きているのか死んでいるかもわからない実体を放棄し、他者の心に迷い込んだ彼女に投げかけた”過去を思い出せ”なんて言葉の重みを、わかっているようで理解できていなかったからだ。
もう、やめてしまおうか。ななこが何なのか突き詰めることを。今のまま奇妙な共同生活を続けることに、五条は特に不満はなかったし楽しさもあった。
また、これまでのように急に記憶に支配されることがあるかもしれないがそれは所詮、過去である。彼女と共に今を過ごせれば、それで、
ーでも、それはダメだと思いますよ。
「あ、勝手に共有したでしょ」
ーすみません、五条さんが急に無言で歩き出したから気になって。
ふふ、と笑い声が響いたような気がした。だから五条は人目を気にせずに同じものを返した。もう携帯はポケットに入れていた。
「なんでダメなんだよ。楽しいじゃん。寝ても起きてもななこが一緒で、君は相変わらず呪霊が苦手でぎゃーきゃーうるさいけどそれはそれで面白いし。ななこは食い意地張ってるけどその代わり美味しいもの色々知ってる。ドラマとか映画は恋愛ものばっかでひとりで勝手に泣いてるけど、そんなとこ可愛いなって思ってた。それらを五感と感情ごと共有する今の何がダメなのさ」
ーだって、わたしはただの感情ですよ。
「知ってるよ」
ーわたしを選んでも、わたしが五条さんにあげられるのは感情とわたしの過去の辛い記憶だけです。
「だからそれでいーって、」
ーそれに、わたしが初めてあなたに声をかけた日のような、キスとかその先とか、わたしはできないんですよ。
五条はまた、ハッとした。
ーすみません、最後のは自惚れかもしれないんですけど……わたしはあなたに与えられるばかりで、何も返せないんです。
「……ああ、なるほどね、ようやくわかったよ」
五条は当てもなく歩いていた歩みを止めた。そして辺りを見回し、目についたカフェにふらりと足を踏み入れる。
ー五条さん?
ななこのそんな問いかけに反応せず、五条は店内の奥まで進み、空いた席に腰掛けた。そして笑顔を浮かべながら水を持ってきた店員に”日替わりケーキセット”を注文した。
ーねえ、五条さん。
人目があるにも関わらず、ななこは珍しく五条に声を掛け続けた。思わずそうするほど、彼の様子がおかしく見えていたのだ。
注文したものは比較的早くやってきて、五条はフォークを手に取った。四本の刃先でスポンジを裂く。ふわふわとした感触が銀色を介してよく伝わってきた。そしてひとくち頬張って、問いかける。
「どう? 美味しい?」
隣の席の女性ふたり組が、自分たちに問いかけられたのかと五条の方を向く。彼はただ前を見ていた。
姿形を捉えたこともない彼女を、ただ想像していた。
ー美味しいです。
「だよね、僕もそう思う」
五条は思わず笑ってしまった。そして言葉を続ける。
「僕が、ななこが何なのか突き止めたかったのはきっと、感情ばかりを素直に向けてくる君がどういう表情をしているのか知りたくなったからだよ」
実体が残っているのかもわからない。それでも一縷の望みがあるなら賭けたかった。
無いのなら、それは仕方のないことである。ななこが話すことを信じるのなら、彼女は生涯を閉じようとしていたのだから。だが無いという証拠が欲しかった。そうすれば次を考えられる。彼女との未来を過ごすための最善を選ぶことができる。
「もしななこを以前に戻せるのなら、僕は君が今だけは辛い思いをしてでも取り戻したかった」
五条はフォークを置いた。口の中に残る甘さが消えていく。
「例えななこに体が戻らなくても今まで通り過ごそう。それでも、もうやめてって言うぐらい幸せにしてあげるから覚悟して」
ー……五条さん。
「ななこ、僕はたぶん顔も見たことないななこのことが、」
ーちょ、五条さん! 待って待って!
「もーなに? 良いところなのに、いくら食い意地張ってるからって次のひとくちはちょっと待ってくれない?」
ーちっがう!!! 前見て! あれたぶんマサシさんなの!!
ななこに気持ちを伝えることに集中して、周りの客なんかただのバックグラウンドにしていた五条はハッとして周りを見回す。
すると本当にいた。映像の中で見た男が伝票を手に持ってレジへと向かっている。五条は立ち上がり、その男へと近寄った。
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