確信
五条は「道は開けた」と言いながら、彼女の存在を突き詰めるのに難航していた。というのも”マサシ”という男と繋がりのありそうなあの女に着拒を食らってしまったのだ。
二度に渡る扱いのせいで彼女の女性としてのプライドを傷つけてしまったのだろうか、と思うも取り繕うのも面倒くさかった五条は、ななこの記憶を頼ることにした。
「ねー飛び降りたっていう屋上どこか覚えてる? それ何年の何月何日?」
ーそんな古傷をえぐり取るようなこと聞きますか、普通。
ななこは五条の頭の中に声を響かせながらぷりぷりと怒っている。それでも彼女を頼るほかなく、”覚えてません!”と口調荒く返事するのに、違う質問を考える。
「んーじゃあその男のことは何か覚えてないの? 職場とか住んでる場所とか」
五条は任務の合間に、東京のある高層ビルの屋上から外界を眺め下ろしていた。あの女と繋がる男の元婚約者。そんな肩書きを持つななこはきっと、決して遠くない場所にいたはずだ。だからひとつ糸口が掴めればたどり着ける、五条はそう確信していた。
ーうーーーん……今までみたいに何かきっかけがあれば思い出すかもなんですけど、何もないところからは生み出せませんね。
「それもそうだね。じゃあ僕とデートでもする?」
ーは、はい!?
「あと一件終わらせたら今日は帰れるから、適当に街中うろついてみよっか。僕久しぶりにケーキ食べたいし〜」
呑気に任務後の予定を組む五条を他所に、ななこはつい動揺してしまった。というのも先日の五条の素顔が彼女の意識から離れないのだ。デートなんて単語から色々なイメージを派生させてしまったななこは返事をしない。
「ななこ? 聞いてる?」
ーはい! ケーキですね! とてもいいと思います!
「ななこは今日もブレずに食い意地張ってるね」
そんな五条の物言いに、普段、彼に対してあれが食べたいこれが食べたいとよく言っていたななこは、自分の言動を恥じたのだった。
………… 任務を無事に遂行し、まだ日の明るいうちに開放された五条は目的も無く、ふらふらと街中をさまよっていた。
あちらこちらに視線を向けるのは、ななこに色んなものを見せて何か手がかりを思い出してもらおうとしていたからだったが、
ーわぁー! 見てください五条さん! あのお洒落そうなカフェ! 出てくるスイーツもさぞ美味しいんだろうなぁ〜……。
彼女から返ってくる反応は結局、飲食店に対するものばかりだった。
「ちょっとちょっとー、食べ物のことばっかり言ってないで他にも色々見なよ?」
耳元に携帯を押し付けながら、真っ黒な画面に話しかける五条は呆れ始めていた。これじゃあなんの手がかりにもなりゃしない、と溜め息をついたとき、脳内にあっ! と声が上がる。
「今度はなに?」
ー五条さん! 百貨店です! デパ地下スイーツ!
「結局それかーい」
ツッコみながらも五条はそちらへ近づいていく。
百貨店の外壁というのはどこもガラスがはめ込まれていて、有名ブランドの洋服がショーの一部を切り取ったように飾られている。五条は入り口を目指しながらそれらを横目で眺めていた。そしてあるアクセサリーブランドのショーウインドウに差し掛かったとき、彼の左胸がどくんと脈打った。
五条が目を開けているというのに映像が無理やり流れ込んでくる。
ーーーにこやかに微笑む店員を見ていた視線は右へ動いた。そこにいたのはマサシで、優しく微笑んでいる。視線は店員のほうへと戻る。白い手袋をつけた店員が差し出したのは、黒い布地の貼られた容器に置いた指輪だった。ふたつのうち直径の小さいほうを、華奢な指先が掴む。そして左手の薬指にはめていた。
ーわあ、可愛い!
響いた声は日頃、五条がよく聞いている声だった。
ーうん、すごく似合ってるよ。
穏やかに響いた男性の声に、ななこは照れたように笑い声を上げている。
ーマサシさんもつけてみてよ。サイズ合わせるんだから。
楽しそうな声が男に指輪を差し出す。
ーななこに直接つけてもらうのは式当日にしようかな。
そう言った男は指輪を黒い容器の中に戻すように伝え、自身で指輪を手に取っている。そして指にはめ、互いの左手をアクリルガラスの上で並べた。下に光るアクセサリーの輝きなどただの背景にして、確約された幸せを確かめている。
ハッとしたら、映像は途切れていた。五条は携帯を耳に当てることも忘れてななこの名前を呼ぶ。
ーすみません、デパ地下スイーツはやめておきます。
至って冷静そうに聞こえた言葉の最後は震えていた。
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