可能性


 古臭い映画を見ているような気分だった。
 誰よりも辛そうな表情をする男は、目尻に涙を滲ませながらこちらに別れを告げている。愛した相手の心の叫びをひとつも耳に入れず、サッサと背中を向けていた。

 ー最初から覚えてたものの拡大版! って感じですかね。今見ると薄情すぎて、色々通り越して笑いそうになりますけど……あんな人でも愛していました。一生添い遂げたいと思うぐらいには。

 頭の中に響くそんな声を聞きながら五条は少し苛立った。その苛立ちの理由を考えようとしたら、ななこはまた言葉を続ける。

 ーあの人も結局捨てられていてざまあみろと思うのに、彼を振った女の人に怒りにも悲しみにも振り切れない気持ちを抱いてしまうのは、わたしがまだ彼を好きだからなんでしょうか。

 五条は返事をしない。恋だの愛だのという感情に陳腐さしか見いだせないほど、彼はそういうものに興味がなく、また疎かった。
 人間だから湧き上がる生理的欲求はある。それを利害の一致として理解してくれた相手に吐き出していた。そして相手に前述したような気持ちが芽生えたなら、すっぱりと関係を断っていた。
 だからこんな茶番を見せられたところで次にいけばいいだろ、というような言葉は浮かんでいたものの、それで割り切れない感情があるのが事実で、それに五条は戸惑っていた。
 それは今、自分の中に多少ななこの感情が混じっているからなのかと適当に結論づける。

 ー彼に捨てられて生きる意味がわからなくなって、それで、そこそこ高さのある屋上から身を投げて、

「あ、じゃあななこは死んでるの?」

 ーえ? あれ? 今わたし感傷的な話してませんでした?

 ななこの告白に対して非常にあっさりとした反応を見せた五条は目を開いた。すると目の前に浮かんでいた映像は残像となって消えていく。
 黒い布の下とはいえ、五条は前を見据えた。人気のない東京郊外。等間隔に建てられた街灯が彼を照らしている。

「うん、してたしてた。でもどうにも辻褄が合わないなあ」

 ー辻褄、ですか?

「そう、僕、仕事柄そういうのにちょっと詳しいんだよね」

 彼女は、呪霊に成るものにしては負の感情が一定でなく、薄い。これではそもそも、コミュニケーションを交わせるほどの等級に成れていないだろう。
 それに彼女が今話したとおり、死後呪いとなったものであったとしたら。五条ではなく、思いを寄せていたあの男に取り憑くはずである。
 なのにななこは五条の心の中。

「うーん、もう少し詳しく調べる必要があるなあ」

 ーわたしのことをですか?

「そうだね、だからこれからも色々と思い出してもらうかもだけど平気?」

 ー……正直、気乗りはしません。

「だよね。だからつらい思いしないように、あんな男のこと早く忘れなよ」

 ーそれしか思い出せないのに?

「別に思い出だけが全てじゃないでしょ。目の前見なよ。あ、でも僕が見えてる景色しか見れないんだっけ?」

 五条はそう問いかけながら辺りを見回した。そしてもう閉店時間を過ぎ、明かりの消えた建物にふらりと歩み寄る。五条の背丈を優に超えたガラスは、自動開閉ボタンがついており恐らく入り口だろう。その前に立つと内側が暗闇であるため、まるで鏡であるかのように彼の立ち姿がよく映った。
 そして五条はアイマスクを外す。

「こーんな良い男が目の前にいるんだから、ほら、僕だけ見てて」

 距離を詰めれば、宝石のような碧眼が自身を捉える。そのあおい瞳を通してななこは魅入った。時折光を取り込んで、きらきらと光る瞳に囚われたのだ。

 ーす、すみません……体に毒かと思うぐらいかっこいいので目を閉じてもいいですか。

「ダメ」

 ーえ、えぇ〜……。

 ななこは正直泣きそうだった。自分の意志など無関係に突きつけられる造形に、ありもしない心臓が早鐘のように鳴っている感覚がある。
 五条は瞬いた。それは夜空の星がそうなるようで、儚さすらあった。



「……まあでも、もう道は開けたも同然かな」

 五条は不意に笑う。それに意識を向けられなくなったななこは視覚を閉ざしながら五条に問うた。

 ーあの、どうしてわたしのこと調べてるんですか? やっぱりわたしに早く出ていってほしいから?

 そんな質問を投げかけられた五条は「えっ」と素っ頓狂な声を上げる。

「……なんでだろうね。ああ、でもななこの存在に興味はあるよ」

 ー存在?

「うん、今までに出会ったことないタイプなんだよね」

 ーへえ、そうなんですか? まあ普通、心の中に入ってこないですもんね。

 至って真面目に言うのに五条は少し噴き出した。そして黒いマスクで目元を覆いながら思う。

 彼女を追い出したとしたら、もう二度と会えない存在になるのだろうか、と。



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