芽吹いた種


 結局、五条は彼女が所望した恋愛映画のために、わざわざレンタルショップまで足を運んだ。そしてその道中で予約したデリバリーのピザ(ご指名のクワトロフォルマッジ)は無事に届いたが、実体のない彼女が食べるはずもなく……。
 愛を叫ぶ動画を見ながらはちみつがけのそれを丸々食べきった五条は、ラストシーンの少し前あたりから大号泣してそうな気配の彼女をあやした。
 そして胃のあたりをさすりながらトイレに行った帰りに、何気なく洗面所にある鏡の前で立ち止まった。

 普段ならさっさと顔を洗って歯を磨いて、自分を映すそれを見る時間なんかほんの数秒程度でしかなかったが、彼女が自分をどう捉えているのかが気になったのだ。

「僕の顔、ちゃんと見たことある?」

 ーそういえばきちんと見たことないですね。わたしは五条さんの視界に映るものしか共有できないので、それぐらいあなたは鏡を見ていないです。

「ふうん」

 返事をしながら、五条は真っ直ぐに鏡面と向かい合った。すると脳内に驚きの声が上がる。

 ーえっ、そんな黒いアイマスクしてたんですか?

「そうだよ。知らなかった?」

 ーはい、だっていつも視界はクリアーで……そう言われると目元にそんな感覚があったような気もしますけど。

「この目、ちょっと変わってて覆っておかないと疲れるんだよね。でも別に不自由はしてないし、君から見ても変わった感じしないんだ」

 そう返事をしながら、五条はアイマスクを取った。その容姿が鏡に映る。白髪で碧眼、そして高くスッと通った鼻筋という日本人離れしたパーツ、それらが最高のバランスを保って造形を作っている。端的に表すなら、他に類を見ないほどの美形。

 ー……。

「あれ? おーい、見てる?」

 反応がなくなったため、五条は鏡に向かって手を振る。それでもうんともすんとも言わなくなった左胸に、彼は首を傾げた。そしてにんまりと口角を持ち上げる。

「もしかして、僕がかっこよすぎちゃった?」

 たはー、といつものお調子者具合いを炸裂させるも、やはりなんの反応も見せない心の同居人に、五条はむすっとして鏡を睨んだ。

「ちょっと何とか言ってよ。僕が変な奴みたいじゃん」

 ー……いつも十分変な方だと思いますよ。

「あ、やっと喋った。なんで無視してたの」

 ーいえ、それはその……、

「ん?」

 ーおっしゃるとおり、か、かっこよすぎて……すみません、こんな素敵な人にぎゃーぎゃー文句言ってたのかと思うと自分が恥ずかしくて滅してました。

 茶化すことなく真面目に自分の容姿を褒めた彼女に、五条はただの興味本位から始めた自分の提案に少し気恥ずかしさを感じた。

「滅したら成仏しちゃうかもよ」

 ーえ!? わたし、幽霊なんですか!?

「いや、わかんないし冗談だけど」

 と、返事しながら五条はなんとなくストンと腑に落ちる部分があった。ーーー今のところ実体はないが、自分に入り込んだモノ。
 五条は異形の存在を視られる体質であった。負の感情が呪いとなり、具現化した奴らと幾度となく対峙してきた。憎悪や殺意などから生まれた奴らは意思を持ち、総じて出会った人間を殺しにくる。そしてそのほとんどがコミュニケーションをとることは不可能だ。知能が高かったり、コミュニケーションが取れたりするのは準一級以上の呪霊に限られる。

「……ねえ、」

 ーはい、なんでしょう?

 そう返事する彼女から負の感情は感じられず、具現化していない。

「いや、何でもない」

 ーえーなんか悩んでますよね?

「こら、共有しないの」

 ーあ、いえ、共有したんじゃなくて。今の五条さん、変わらずかっこいいけどちょっと表情が固いです。

「……そう?」

 ーそうです。それにわたし、最近敢えて共有しないようにできるワザ、ゲットしたんですよ。

「そうなの? いつのまにそんな特級になったのさ」

 ートッキュウ? まあよくわかりませんが、嫌でしょう?

 そういえば彼女は呪術師じゃなかった。五条がそう思った途端、投げかけられた疑問形に彼は首を傾げる。

 ー自分の心の中を勝手に覗かれるの。わたしだったら落ち着かないし嫌です。だから最近特訓してて。

 ふん、と得意げな息遣いが五条の頭の中に響いた気がした。だから五条は笑ってしまったあと、鏡の前である手前、表情には出さぬように一抹の可能性を胸に抱く。

 ーだから安心してください。最近の五条さんは何考えてるか全くわかりません!

 自分の心の中にはそんなことを自信満々に言う、べらぼうに楽観的で、そのくせやけに気の利く呪霊もどきが入り込んできたのではなかろうかと。



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