泡沫が弾けた


「ちょっと、やっと会ってくれたと思ったらどうしてファミレスなの?」
「別にいいでしょ、僕意外とここのパフェ好きなんだよね〜」

 夕方からふたりで映画を見ながらデリバリーのピザを食べる。そんなゆったりとした時間を過ごしてから風呂を済ませ、さあ寝ようかといった頃合いの着信を起因とした彼女の感情の爆発。
 そんなイベントのあとに女との約束を取り付けたとなると時刻はもう、ゆうに深夜を回っていた。

 艶のある髪の毛先は緩く巻かれ、綺麗に化粧を施した女により華やかさを添えている。横を通り過ぎるのが男だったなら、ちらりと一度は盗み見されるであろう容姿を目の前にして、五条はメニュー表に視線を落としていた。
 女は怒っている。連絡がつかないと思っていた相手に急に呼び出され、挙句の果てに自分のイメージにそぐわない場所に座らされていることに。

 ーご、五条さん……! この方めちゃめちゃ怒ってますよ……!

 自分の頭の中に響く声が予想より落ち着いていたことに五条はホッと安堵する。
 ななこは先ほど、携帯の液晶に表示されたこの女の名前を見るだけで感情が不安定となっていた。実物を見るのはそうでもないのか? と五条が感情の爆発の起因を探っていると、女はまた「ねえ、聞いてる?」と不満を顕わにさせている。

「うん、聞いてるよ。今日はちょーっと確かめたいことがあってね」
「珍しいこともあるのね。私のことなんか何も興味もなさそうなのに」

 確かに君にはないよ。そう言いそうになったのを五条は堪えた。というか、”堪えさせられた”。言葉が出かかる本当に寸でのところで、不随意に口がぎゅっと閉じたのだ。

 ーダメですそれは! 火に油ですよ! 本当に出火しますよ!

 お節介なやつ。そうは思うも、目の前に第三者がいるため声にすることはできない。
 店員を呼んで、目当てのスイーツを頼んだ五条は、眉間に皺を寄せて不服そうな顔をした女に向き合う。

「マサシって男、知ってる?」

 それはななこが見せてくれた映像の中で、彼女が呼んでいたものだった。
 五条は拾い上げたピースの凹凸を嵌め込み、なんとなく事の顛末を想像していた。

 ななこに愛を囁いた男性は、恐らく彼女の恋人だろう。スムーズにお付き合いを続け、人生のターニングポイントを一緒に迎えたいと考えるほどに深い間柄になっていたはずだ。
 そこに関わってきたのが目の前にいる女だ。恋人であるふたりの関係に何かしらの亀裂を入れたんだろう。それをななこが唯一覚えていた記憶が物語っている。
 ーなんか男の人がわたしに向かって謝ってるんです。ごめん、愛してたよって。
 過去形であることから男が心変わりしたであろうことが推測される。プロポーズまでした恋人を捨てて、男は新しい恋に走った。
 そしてここが曖昧であるが、どういう過程を経たのか彼女の概念が自分の中にある。確かな自我を持って、存在している。そこが少し引っかかるんだよな、と思った五条に女は不思議そうな表情を向けた。

「なんで悟がマサシを知ってるのよ」
「いやー風の噂でね、お前が略奪愛したんじゃないかって」
「人聞き悪いわね、勝手に寄ってきたのよ。何回か寝ただけで勘違いもいいとこ。この前泣きながら待ち伏せしてきたから付きまとわないでって言ったところよ」

 さも面倒くさいというように顔をしかめた女は、ふう、と溜め息をついた。

「そうそう、この前悟に会ったときよ。待ち合わせに遅れてあなた怒ってたじゃない。あの日に彼、言ってたわ。私と一緒になるために婚約者と別れたんだぞ! って。そんなこと頼んでもないのに」

 ぺらぺらと、女はよく喋った。五条が続きを促さずとも事のあらましを全て話し切ったあと、「これで満足?」と付け足した。

「こんなとこに呼び付けて鬱陶しい思い出話させたんだから、もちろんこのあと埋め合わせしてくれるのよね?」

 微笑んだ女は、机の下で五条の足に自分のものを絡ませた。五条はというとそんなものに自身の感性がぴくりとも反応しないばかりか、違うものに気を取られていた。
 それは自分の胸中に湧き上がる怒りと悲しみだった。



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