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▼ うさぎのぬいぐるみと首謀者

「アリス、今お時間よろしくて?」


わざわざ、クリスタ本人が私に与えられている客室まで出向くのは珍しい。

休憩の時間帯に入ったばかりなので、しばらく暇なことには変わりない。読もうとして手に持っていた本をテーブルに静かに置き、大丈夫よ!と元気に部屋を出る。




    ***




「ねぇ、クリスタ。どこへ行くの?」


カツカツとクリスタとアリスの足音が広い閑静な廊下に響く。

クリスタが連れて行きたいところがあると言い、着いてきてはいるがいったいどこへ向かっているのか。

今わかることと言えば、屋外ではなく屋内にそのクリスタの連れて行きたいところがあるのではないだろうかということだけ。


「ふふっ、着いたらわかりますわよ。きっと、あなたも喜ぶと思いますわ。」

「私が喜ぶ…?気になるわね。」

「ええ、きっと。…着きましたわ。ここです。」


一枚の簡素だけれど、どこか豪華な雰囲気漂う扉の前に着いた。

クリスタがゆっくりと扉を開け、その先には……




「!…この数のうさぎのぬいぐるみ…すごいわね…。」


予想外のうさぎのぬいぐるみ。しかも、部屋一面に所狭しと飾ってある。

床にも壁にもうさぎ、うさぎうさぎ…。

―――さすがにこれは集めすぎじゃないかしら…。


「どうです?喜んでくださいました?どうやら、アリスはうさぎがお好きなようでしたので、集めてみました!本当は、生きているうさぎを集めたかったのですが、シドニーに怒られてしまいそうですので、やめました。ぬいぐるみなら、シドニーも気付かないかと思いまして。あのうさぎは匂いに敏感のようですし。」


ウキウキ、と音が聞こえてきそうなくらいテンションの高いクリスタ。子供の姿になって、うさぎのぬいぐるみを抱き、弄ぶ。

確かに、可愛いものは好きだが、特別うさぎが大好きと言うわけでは…と弁解しようかと思ったが、シドニーと恋人である時点でその言い訳は通用しないことに気づき、黙って近くにあったロップイヤーの黒うさぎを抱える。


「そうね、特にこの黒うさぎなんか、シドニーに似ていて可愛いわね。」

「そうでしょう?アリスならきっとその黒うさぎが気に入ると思っていましたの。」


にこにことまるでわかっていました、と言いたげな表情を浮かべている。

人間の姿のシドニーも好きだが、実はうさぎ姿のシドニーも好きなのだ。だが、滅多にうさぎの姿になることはないシドニーを思い出し、実はあの姿が恋しいのだと黒うさぎのぬいぐるみを見つめて思う。


「ふふっ、この部屋の合鍵、渡しておきますわね。いつでも来てよろしいですわよ。気分転換にでも使ってくださいな。」

「いいの?クリスタのお気に入りの部屋じゃないの?私が勝手に使ってもいいの…?」

「ええ。アリスのために用意したようなものですもの。存分に使ってやってくださいな。もっとうさぎのぬいぐるみが足りないようでしたら、いつでも言ってくださいね。たくさん用意させますわ。」


これ以上はいらないと思うくらい、この部屋にはうさぎのぬいぐるみが溢れているので、クリスタの好意だけ受け取っておいた。



  ***



あまり使うことはないと思っていた、クリスタに教えてもらったこの部屋だが、頻繁に通うことになろうとは思ってもみなかった。

案外この黒うさぎが気に入っていたのだな、と他人事のように思う。しかし、休暇のたびのこの部屋を訪れている気がするが、生きている方の黒うさぎは不振に思っていないだろうか、と頭の片隅にふと浮かぶ。

クッションに凭れながら、黒うさぎのぬいぐるみを頭上に持ってくる。

よくよく見ると、目の色は濃いグレーと黒の中間色をしている。ここはシドニーとは違うのね。とシドニーとの違いを見つけながら休暇を終える。それが今のアリスにとっての至福の時間となりつつあった。




………バタドンッッ!!


うさぎのぬいぐるみ部屋から出て、さて部屋に戻ろうかと扉を閉めようとした。確かにアリスは扉を閉めようとしたはず。しかし、閉め切る前に後ろから何者かによってその扉は強制的に閉められた。勢いよく、それはもう扉に穴が開くのではないかというくらいの勢いで。

その扉を閉めた腕を見ると、その袖の装飾や服に見覚えがある。この城にその服を着ているのは一人…いや一匹…一羽?しかいない。


ギギギ…と音が聞こえてきそうなくらいぎこちなく後を振りかえる。

まるで、悪いことをして見つかって叱られるのを恐れている子供のようだ、とどこか現実逃避を始めてしまいそうになる。


「…こんなところで何をしているのです、アリス。ここは陛下が最近新しく作った趣味部屋ですよ。なぜ貴女が出入りしているのですか。」

「あっ、え…っと。クリスタが、ね。自由に使っていいよって言ってくれたから息抜きにね。使わせてもらっているの。」


目が泳ぐのを抑えられない。シドニーの目が怖くて見られないこと悪く思いながら返答を待つ。

まさか、貴方に似ているうさぎのぬいぐるみと戯れていた。などと言えるわけがない。


「ほう、では、この部屋で何をしていたのです。このうさぎのぬいぐるみだらけの部屋で。」

「…っ!!!」


シドニーは知っていた。この部屋に何が置いてあって、アリスの目的も何をしていたのかも全部。

そう悟った時にはシドニーは既に動いていた。


扉に置いていた手とは逆の手でアリスの顎を固定し、そこでアリスは始めてシドニーの顔を見た。

怒っているような泣きそうな中途半端な表情。そんな表情をさせていると思うと申し訳なくなってくる。


「私だけでは、満足できない?わざわざこんな部屋に通って。黒いロップイヤーの黒目のうさぎ。あれを気に入っていると陛下に聞いた。」

「そ、れは…!」

「やっぱり完璧じゃない私はいらない?いらない存在なの…?私にはアリスしか居ないのに…。」


瞳の光が陰って右目の赤がより濃くなっていく。

どんどん闇に落ちていくようだ。そんなことを思わせたかったわけではない。ただ、シドニーに負担を掛けたくなかった。ただそれだけなのだ。


「シドニー。ごめんなさい。それは事実。だけど、そうじゃない。私はね、貴方に負担を掛けたくなかったのよ。」

「…負担?」

「ええ、貴方仕事がいつも忙しそうじゃない?…構ってほしい、だなんて言えないわ…」


少し恥ずかしそうにしながらも、きちんと目を見て伝えたいことを口に出して伝える。

貴方の考えているものとは違うのよ、と。


アリスの顎を捉えていた手を離し、そのまま抱き寄せる。

ぎゅっ、と。

耳傍で聞こえてきたのは、不安から安堵へと変わったシドニーの溜息。


「…そんなこと、だったの。そんなの言ってくれればいつでも時間作ったのに。わざわざこんな部屋に来なくても、君が望めばうさぎの姿にだってなるし。」

「そんなことって。まあ、いいわ。あと、目のことは後から気付いたし、そのシドニーの右目、素敵な目だから私は好きよ。それこそ、そんなことでシドニーから離れるわけないでしょ?」


お互い抱き合いながらクスクス笑う。何がおかしいのかわからないくらいに。

傍から見れば、私たちの方が可笑しい。何せ廊下の真ん中で抱き合いながら笑っているのだから。




そっと、体を離す。

シドニーは、少し体を屈めて意地悪そうな顔をして、簡単に許すと思う?と悪魔のようなことを言う。


「え!?許してくれないの?」

「…そうだね、じゃ、アリス。君からキスしてくれれば許してもいいよ。」


アリスからキスすることはあまりない。それを引き合いに出してきたのだ。

―――本当意地の悪いうさぎね。でも、今回は私も悪かったし。

シドニーに隠し事をしたことは事実である。そして、勘違いをさせて悲しませてしまった。

それをキスで許して貰えるのならば安い…のか?


「わ、わかったわよっ。キスすればいいんでしょ!?」


半ば逆切れのように、言い放つ。シドニーの首に腕を回し、噛みつくようなキスをする。

そして、パッと離そうとした瞬間、動いてなかったシドニーの腕がアリスの頭と腰へ周る。



「んんッ!?…うむっ…はっ…ッ」

「…ぁっ…ん…」


口内からクチュクチュ聞こえるような気がする。それくらい激しいキス。

心の奥底から自分を求められているような、渇望感、そして至福感溢れるキス。次第に何も考えられなくなっていく。怖いようなそれでいて身を任せたいようなそんな感覚。


ガクッとアリスの膝が崩れ落ちそうになる頃、漸くシドニーは動きを止めた。

肩で息をするアリスに、何?そんなによかった?私とのキス。と言うシドニーに怒る気力さえ湧かないほど体力と精神力を持って行かれた気がする。

シドニーの支えがなければ立っていられないほど、余韻がまだ残っている状態。アリスは部屋へ行こうと促す。


「何?早く続きしてほしいの?」

「なっ…!?もうっ…」

「冗談だよ。そうだね、早く部屋に戻ろう。私もそんな状態のアリスを他人に見せたくないからね。」



そっと、手を持ち導くように前へ進んでいく。

私だけの案内人。

そう、私だけの案内人で私の恋人の彼は真っ黒なうさぎさん。



((ふふふっ…あらあら、微笑ましいこと。わたくしのうさぎさんたちは今日も仲睦ましいですわね。))



さて、首謀者は何を考えていたのやら。

誰も知ることはない本人だけが答えを知る…。





END



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支部から。

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