▼ 嘘とお仕置き
「ブラッド、あのね実は…」
思いつめたような真剣な面持ちをしたアリス。言おうとしていることは大したことではないのだが、これはブラッドを驚かせるための演技だ。しかし、演技には見えない本当に思いつめたように見せかけなければならない。
なぜ、こんな演技をしようと思ったのか。
それは、ブラッドが偶には驚き揺らめくのを私が見たいから。ただそれだけのためなのだ。
「なんだい、お嬢さん。そんな思いつめたような顔をして。何かあったのか?」
「いえ、前々から言おうと思っていたのだけど。私、実は紅茶が苦手なの。どちらかと言うとコーヒーの方が好き…」
私が思いついたのはこの嘘。しかし、この嘘を選んだことは失敗だったと後に知る。
紅茶好きのブラッドが紅茶は嫌いでコーヒーの方が好きだと知ればどうなるか、みんなも気にならない? 私だけかしら…。
「…な、なんだって…?」
「えっと、だから…紅茶はき…」
最後まで言わせてもらえず、物凄い早さで近づいてきたと思うと、逃がさないとでも言いたいように片方の二の腕をガッチリと掴み、上から威圧的に覗いてくる。
その蒼い瞳には怒りの炎が揺らめいているよう。
――流石にこの嘘は拙かったかしら…。
そう気づいても既に時遅し。ブラッドの怒りを買ってしまったあとではもうどうすることもできない。
ブラッドの行動に体がビクつくことを抑えることもできず、途方に暮れていると、それまで黙っていたブラッドが動き出した。何をするのかと身構えていると、近くにあったソファまでアリスを引きずり、やや乱暴に押し倒された。
「きゃっ…何するの!?」
「聡明なアリスならばわかるだろう? そんな嘘をつくなど…私に判らないとでも思ったのか?」
押し倒して、尚且つその綺麗な顔を近づけて台詞とは真逆な、雨に濡れた子犬みたいに心細げなブラッドに、アリスはどうしていいか判らなくなった。
確かに、いつもとは違うブラッドが見てみたいと思ったが、こんな表情をさせたかったわけではない。
たかが、紅茶が嫌いと言っただけで、ここまでクルクルと表情が変わるとは…。想像以上でアリスは戸惑っていた。そこまで、紅茶が嫌いだと言われたことがショックだったのだろうか。
「ブラッド…?」
「…そんなに時計屋が好きか…? この、屋敷、帽子屋屋敷にいて、紅茶が嫌いでコーヒーが好きだと? そんなこと言わせないし、時計屋のところにも行かせない。いっそ、紅茶が嫌いなどと言えないように、監禁して紅茶ばかり飲まそう。そうすれば、逃げられないし、紅茶が嫌いなど言わなくなるだろう」
恐ろしいことを言い出したブラッドに、焦り出す。
流石にそこまで行くと、引くし、ユリウスのことも恋愛感情で好きなわけでなく、友人として好きなだけで。話が飛躍しすぎて訳がわからない。
「ブラッド! ごめんなさい!! 話し聞いて。さっきのは嘘だから、そう取り乱さないで…」
「…ハッ、私が取り乱す? そんなバカなことがあるか。」
現在進行形で取り乱してますよ、ブラッドさん。嘘だとわかった途端、余計に動揺したのか、声が若干裏返っていて、動揺してますよー、とわかりやすく主張している。目も泳いでいることだし。さっきの私のようだと、他人ごとのように思う。
段々落ち着いてきたのだろう。ブラッドが何故そんな嘘をついたのか、問い詰めてきた。
「…聞いても怒らない?」
「それは内容にもよるが…善処しよう」
身を起こして、ソファに二人横に座って、ポツリポツリとアリスが話しだす。
大まかに言うと、いつもとは違うブラッドを見てみたかったから。そう話し終わると、ブラッドは深い溜息を吐いた。
「…私は、時計屋を好きになったから、紅茶を嫌いになって、この屋敷を出て行く。そういう話かと思ったぞ? まさか、嘘だとは…。演技力を上げたなお嬢さん」
「そんな訳ないわ。ユリウスは友達だもの。確かにコーヒーも好きだけれど、紅茶も好きよ?」
あくまで、ユリウスは友達だと主張しておく。ここ大事。これ以上怒らせないようにしなければ、お仕置きと称して酷いことをされそうだから。仕事の量を増やされるとかならまだいいのだけれど。そう思わずにはいられない。自分でフラグを立てておいて何なんだけど。
「そうか。だが、二度とこのような嘘をつかないように、しっかり体に覚えさせなければならないようだ。」
「…え? 嘘、冗談でしょ?」
「私は嘘はつかないぞ? 仕置だ。」
顔からサー、と血の気が引くのがわかった。予感的中しすぎて怖いわ。私が撒いた種とは言え、流石に青ざめる。どんな仕置をされるのか、相手はマフィアのボスだ。例え、余所者だと云えど、何をするかわからない。
並んで座っていたソファに再び身を沈める。
早急に身ぐるみを剥がされて、抵抗する暇もなかった。早業過ぎて何が何だか…。
「ブラッド…ここじゃ嫌。誰が来るかもわからないし、第一エリオットとか急に開けるし!」
「君の要求を飲んだから、お仕置きにならないだろう。あと、この状況でよく他の男の名前を出すな…もっと酷くされたいのか? それともわざとか」
うぅ…。もう何も言わまい。これ以上何か言うと、明日は確実にベッドと友達だ。明日という概念は無いが、確実に暫く立てないだろうことは予測の範疇である。
「ブラッドぉ…許して?」
「そんな甘い声を出しても無駄だ。…いや、私の条件を飲めば、せめて優しくしてやろう」
あぁ、絶対ヤるってことですね。もうヤダこの人。しかも、条件って絶対ろくな事じゃない。
「…その条件って?」
「ふっ、私の上へ自ら乗りなさい。」
優越感たっぷりなこの顔を殴ってやりたい。そう思わずにはいられなかった。
「…無理って言ったら?」
「思う存分酷くし、暫くは足腰立たないだろうな。…私はどちらでもいいが?」
「っ…やるわよ! やればいいんでしょ!?」
半ばヤケクソだ。もう、どうにでもなれ。そんな思いで、裸のままブラッドが身を起こしたその膝に向かい合う形でゆっくりと座る。
これでいいでしょ!? と言わんばかりに真っ赤になっている顔を思い切り逸し、胸を腕で隠す。
ニマニマとした顔で、アリスの腕を指さし一言 腕 と言う。
何という羞恥プレイ。もう恥ずかしすぎる。うーうー、唸りながら腕を外す。胸を隠すものがなくなってしまって、見られるのも恥ずかしいし、腕は手持ち無沙汰だし、と視線を泳がす。
そういったアリスの葛藤をブラッドは悠然とした態度で眺めている。
「っ、ね、もういいでしょ?」
視線を迷わせていたアリスがとうとう耐え切れず、涙目でブラッドを見つめだすと、ブラッドもやれやれといった態度で動き出した。
アリスの胸と腰に手を這わせながら、耳元で不埒な言葉を投げかける。その声にアリスが弱いこともどこをどうすれば善がることも全て知っているブラッドに、端から勝ち目など無かったのだ。
「私の別の表情が見たいと言うのならば、もっと可愛らしいことをしなさい。間違っても他の男のところへ行くなどと言わないこと。そうすれば、酷いことはしない。わかったね?」
「ぁッ…ん、うん。…わかったわ」
もう二度と、真実味のある嘘は吐かないと決心した。羞恥プレイはもうたくさんよ!
END
あとがき
本当はもうちょっとエロ書こうかと思っていたのですが、私の文章力では無理でした(笑)
今まで紅茶ガブガブ飲んでるのに、急に嫌いと言われても信じないですよね、うん。
ブラッドさんの動揺してるシーン好きなので、少しでも共感していただけたらとおもい、ますっ
ここまで読んでくださってありがとうございました!!
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