▼ ただ一つ許されるなら
ただ、ひとつ許されるならば君と姉貴が幸せであってほしい。そう願うことさえ許されないだろうか。私の身勝手でこの世界に縛り付けてしまった。貴女たちの笑顔を守りたいと強く願ったがために。
「…何を難しい顔をしておる、ブラッドよ。似合わぬぞ。」
「似合わないは余計だ。それに何も難しい顔などしていない。…ただ、考え事をしていただけだ。」
「考え事?そんなに難しいことなの?」
声を掛けられ思考の海から浮上したブラッドの目の前には、いつものドレスではない少し動きやすさを考慮した服のハートの女王ビバルディ。そして、その横には帽子屋屋敷に滞在している余所者のアリス。もっとも、すでにこの世界に残るという選択をしているが。
小首を傾げ此方を窺ってくるアリスに、素直に考えていたことを言うわけにもいかない。それこそ、この二人には決して言えない。私の我儘の所為で二人がここにいる。そんな事実を再確認させるわけには。
「ふっ、そんなにお嬢さんは私のことが気になるのかね?私も愛されているな」
にやり、と音が付きそうなほどのしたり顔に、そんなわけないじゃない!と顔を逸らしながらアリスは言い放つ。
「こやつの言うことを真に受けてはならぬぞアリス。大方、どうやって妾を帰しておぬしと二人きりになるか。考えていたに違いあるまい。」
「わかっているなら早く帰ってくれないか?姉貴」
「それは聞けぬことだな。まだ妾はアリスと遊び足りぬ。」
ブラッドに向かっていた視線が外れ、アリスへ顔を向けようとしたとき。丁度時間帯が夕方から昼へと移り変わっていく。ビバルディは残念そうな悔しそうな顔をし、妾はそろそろ帰らねばならぬ。と愛おしげな瞳でアリスに語りかけている。
その表情は、アリスを大切に思っていると存外に語っているようだ。
「あ…、時間帯が変わったわね。そんなに残念そうな顔しないで。今度は私がお城へと遊びに行くわ。」
「もちろん、妾も待っておる。ぜひ、夕方においで」
名残惜しそうにしながらビバルディは薔薇園を去っていった。
姉弟だけの楽園だった薔薇園に今はアリスも居る。ここには大切に思えるものがある。だから、ここ、薔薇園だけは何があっても守らなければならないと思っている。それがブラッドにとって、せめてもの償いだと思うから。
「ブラッド…?どうしたの?」
少し恥ずかしそうにもじもじしながらブラッドの腕の中から、見上げて問う。そっと抱き寄せたアリスは、細くしかし柔らかい。少し力を込めれば折れてしまいそうだ。
―――許されるならば、ずっと傍に…
「ふふっ、おかしなブラッドね?今日は一段とおかしいわよ。何があったか知らないけど、私はずっとあなたの傍に居るわ。この世界に残ると決めたその時からこの答は変わらない。だって、あなたほっとけないのだもの。意外に甘えん坊だしね。」
くすくす、と腕の中で笑うこの女(ひと)が心から愛しい。そう思えるほど、アリスにどっぷりと嵌っているのだろう。
「面倒なことは嫌いなはずだったのだが…。今は、この面倒なことに慣れてしまったし、愛しいと思えるようになったよ。君のおかげかな?」
―――さぁ、どうかしらね?
薔薇園の真ん中で抱き合う一組の男女。そこには厭らしさなどなく、優しい時間を過ごす慈愛満ちた空間がただただ、広がっているだけだ。
―――ただ、許されるならこの時間が永遠に続くことだけを願う―――
END
−−−
支部から。
prev / next