流されたって言葉だけでは決められない私とタカヒロの関係。

クリスマスイヴのその日まで、篤志さんと私のシフトは被ることがなかった。

ずっと遅番続きの篤志さんと、早番続きの私。

そもそも今日は篤志さん休みだし…



「はぁ〜…つまんない」



オフィスで前売り券を数えながらボーっとしていると急にピーピーって音と赤い点滅。

オフィス内にある劇場の番号を見つめると8番スクリーンだった。




「やば、8番止まった!」

「マジかよ。PJとれますか?土田ですー。どうなってるー?」



すぐにトランシーバーで哲也さんがプロジェクションスタッフを呼んでいる。



【すいません、フィルムが絡まっててちょっと時間かかりそうです】

「了解、すぐ行きます!」



シーバーを切ると哲也さんが私を見つめる。



「ちょっと行ってくるね」

「はい」



そう言ってすぐにオフィスを出ていく哲也さん。

それから数分後、哲也さんがオフィスに戻ってきた。



「サクラちゃん悪い、ケンチに連絡取って!あとさ、無料券人数分ハンコ押しといてくれない?」

「分かりました、すぐに!」



すぐにチケット売り場まで行って8番の動員数を控えた。




「げ、308人?なかなか入ってるじゃん!」



思わず出た独り言に、オフィスのドアがあいて、私服の篤志さんが顔を出した。



「え、篤志さん!?」

「サクラちゃん!って、何かあった?」

「8番今止まっちゃって、フィルムが絡まっちゃったみたいです。復旧までちょっと時間かかるって、哲也さんが今劇場に説明行ってて、無料券配布の準備してます。あとケンチさんに連絡してって…」

「了解、ケンチには俺が連絡する」



そう言うと篤志さんはプロジェクションに内戦をかけて状況を聞きだしてくれて、すぐにケンチさんの携帯に連絡を入れた。

たまたま近くにいたのかケンチさんもものの3分程度でやってきて、プロジェクションの方まで走って行った。

ひたすら308人分の日付ハンコを押してる私に向って篤志さんが「頼もしいね、サクラちゃんは」なんて微笑んだ。



「え、篤志さん?」

「あんまりサクラちゃんに逢えないからさ、逢いにきちゃったじゃん俺。終わったら飯行かない?」



以前の自分ならこの篤志さんの誘いも飛び着いたはずなのに、頭にチラつくアキラくんとタカヒロに素直に「はい」と言えなくて…。



「あの私…―――」



言葉を詰まらせた私の髪に篤志さんの手が触れた。

ドキンっと胸が大きく脈打つ。

きっと私の心は篤志さんで…

でも馬鹿な私はアキラくんもタカヒロもほっておけないなんて。



「困らせてる?俺…」

「あの…」

「でもごめん、サクラちゃんの隣にいたいんだよね…」

「どうして私ですか?私…篤志さんに純粋に想われるような可愛い女じゃないんです、本当に…お腹ん中、どす黒いんです…」



私の言葉にポンポンって優しく頭を撫でてくれる篤志さん。

プライベート用の青みがかった眼鏡の下の瞳はいつだって優しい。



「はは、面白いね、サクラちゃん」

「違うんです、本当に私…―――」



言えない、言えるわけない。

タカヒロとアキラくんのこと中途半端にしてるって。

付き合ってるわけでもないのに、身体だけ繋がってるって…

ただヤリたいだけだって思われても仕方のないこと…

そんなだらしないこと、篤志さんには絶対に知られたくない…。



「知ってる?男って、なんでも受け止めてあげたいもんなの。好きな人の全部を受け止めて守ってあげるたい生き物なんだよ」



泣きそうだった。

涙が零れ落ちないように必死でハンコを押し続けた。



【サクラちゃんとれるー?土田です】



最後の1枚を押し終えた瞬間、哲也さんからのシーバーが私を呼んだ。



「はい、秋山です」

【無料券できたら8番まで持ってきてくれる?】

「了解です!あの篤志さん、行ってきます」

「気をつけて!」



軽く手を振る篤志さんに頭を下げて私はオフィスを抜け出した。

コリドールを通り抜けるとシネマ入口にアキラくんがいてニッコリ微笑んだ。

私はそのまま軽く笑うと一番奥にある8番スクリーンまで小走りで移動した。

中にいた哲也さんの所にそれを持って行くと、哲也さんが早速それを半分程度受け取って配り出した。

だけど残り半分を求めてワーッと私の所に人が押寄せてきて、足が絡まってガクンとバランスを崩した。

やばい、すっ転ぶ!

そう思った次の瞬間、私の肩には手が置かれていて。

佐藤ってネームプレートをつけた篤志さんが私を支えてくれている。

私の手から無料券を奪うと「こちらでお配り致します」丁寧に頭をさげてお客さんを引き付けてくれたんだ。

ドキドキ心臓が高鳴る。

この人はきっと、どんなことがあっても私を守ってくれるんじゃないかって、安心感がそこにあったんだ。


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