ディズニーから帰ったところで、私の日常は何も変わらなかった。

だけど、いつどこで誰に見られていたのか?私とアキラくんが二人でディズニーシーでデートしていたって噂が密かに流れていたなんて。

タカヒロの耳にも入ってるよね?

コンセの遅番シフトに入っているタカヒロ。

このままいくと早番の私と確実にバッティングするわけで。

だけどその日、バイトに来たのはタカヒロじゃなくて新人の健二郎くんだった。



「あれ?タカヒロは?」



タイムカードを押す健二郎くんの後ろ姿に話しかけると、振り返って苦笑い。



「急に行けなくなったみたいでシフト変わりました。急用とか言うてましたよ…」

「そう、なんだ」



なんだろうか、この胸騒ぎ。

そんな私の予感は的中して、夜遅くスマホが鳴った。

既にシフトを終えて一人暮らしの家でテレビを見ながら寛いでいた私にタカヒロからの着信。



「もしもし」

【サクラ…どうしよう…】



電話口のタカヒロの弱々しい声にドクンと胸が脈打った。



「どうしたの?」

【親父と喧嘩して…。どーしよう俺、殴り合いして身体バキバキ…なんかすげぇ色んなところが痛てぇの…】

「喧嘩?大丈夫なの?」

【分かんねぇ。とりあえず家から逃げてきた…うちの親父一回キレると手に負えなくて、すげぇ殴られてなんか苦しい…】



ドクドクドクって心臓が脈打ってる。

チラリと時計を見ると23時を過ぎていて。



「タカヒロ今どこにいるの?」

【…あのさ、ごめん…けど、逢いてぇ…サクラに逢いてぇ…助けてよ俺のこと…】



ドクンっと大きく心臓が波を立てる。

私はダウンを羽織ると財布と鍵を持ってスマホを耳につけたまま家から飛び出した。




「迎えに行くからうちにおいで、タカヒロ」

【うん…】



弱ったタカヒロは、うちから3分程度にある小さな公園にいて、そのまま泣きだしそうなタカヒロの手を引いて、私の家に連れて帰った。

真っ赤な目でベッドに座って膝を抱えるタカヒロが不謹慎ながらちょっと可愛い。

隣に座ってそっと頭を撫でると真っ直ぐに私を見つめる。

…吸い込まれそう。



「サクラ…」



泣きそうな顔で私を呼んだタカヒロの肩に手を置いてそっと抱きしめる。



「辛かったね」

「…俺殺されるかと思った。帰りたくねぇよあんな家…」

「今日はここにいていいから。安心して…」

「うん」



腫れたタカヒロの頬。

少し距離を作って手当をしようと離れようとした私を今度はタカヒロが強く抱き寄せた。



「タカヒロ?傷、せめて消毒しなきゃ…」

「いらねぇ」

「でも…」



無理やり胸元を押すと、これまた逆にベッドに押し倒された。

妖艶したタカヒロの顔にドキッとする。

家に連れて来た時点で覚悟はしていた。

だけどほおっておけるわけもなく、一人にさせたくなかった。

それがタカヒロへの慰めであり気休めになるのかもしれない。

無言で私を見下ろすタカヒロはすごく綺麗で色っぽい。

女の私でも見とれるぐらいに…

そっと手を伸ばして切れた口端を指先で触れると、ほんのり顔を歪めた。



「痛いでしょ?」

「痛いよ、身体も心も…――必要なんだ、俺にはサクラが…。傍にいてよ、離れたくねぇ…」




叫びのようなタカヒロの気持ちに、自然と涙が零れ落ちた。

目を閉じてアキラくんが浮かんだらどうしたらいいの?

篤志さんが浮かんだらどうしたらいいの?


―――怖くてずっとただタカヒロを見つめていたなんて…。




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