恋の時計
剛典くんのサラサラの髪が頬に触れて…この世のものとは思えないぐらいに胸がドキドキする。
トクン…トクン…―――胸の鼓動が早くなって…
私を後ろから抱く剛典くんの腕には強く力が込められて…
「ナナ…」
『…離して』…その一言が言えなくて。
名前を呼び捨てにされて嬉しいと思う気持ちと、本気になっちゃいけないとブレーキをかける気持ちが私の脳内を交差する。
背中に感じる剛典くんの吐息に身体の芯が熱くなる。
腰に回された剛典くんの手にそっと自分の手を重ねた。
その瞬間、剛典くんの腕にまた力が入って…
『剛典くん…』
「好きです…」
言われた言葉に感情が溢れだしてしまう。
ここで振り返ったら、剛典くんの顔を見たら堪えていたもの全てが吹き飛んでしまうに違いない。
大学生の剛典くんと、29歳の私が釣り合うわけないって。
どんなに好きでも、そんな恋愛続くわけないと。
剛典くんを信じる自信がない。
自信がないのに、この腕の中から離れたくないって思う私がいて…
『離して…ごめん、応えられない』
精一杯気持ちを誤魔化して言った言葉は、自分でも笑っちゃうぐらい震えていた。
剛典くんの腕に力を込めて上から剥がした私は、そのまま振り返ることもしないで小さな噴水のある公園から走って逃げた。
やっと見つけた小さな恋。
あと10歳…
せめてあと5歳若かったらカレの胸に飛び込めたんだろうか…。
動き出してしまった恋の時計は、私の知らない所でどんどんとその想いを刻んでゆく。
それでも素直に好きと言えないのは、自分に自信がないからかもしれない。
結局、恋に臆病なだけなんだと。
もう、あのお店には行けない。
剛典くんにもう、逢えない…―――――――
恋の時計