Sweet Honey | ナノ

彼女の恥じらい

「戻りましたー」


スタッフルームに入った美月は結局あの後表に出てくることはなかった。

完全に拍子抜けした俺に店長が「すいません」…その一言に無性に腹が立った。


「別に気にしてないんで。また来ます」


そう吐き捨てて俺は颯爽とベローチェを後にした。

俺の店までのほんの少しの距離。

歩道橋からベローチェを見ても何も変わることはなく。

俺達の働く店が真向かいにあるこの環境を、女は【運命】と呼んだりするもんかな。

運命なんてもんは、自分の手で掴むもんだと俺は思っている。

そう運命は自分の手の中にあるんだって…


「いらっしゃいませ」

「あのっ…」

「はい?」


バイトの声に紛れて聞こえた声、あれこれって…


「美月さん!」


バイトが俺達を見てキョトンとしているけど、それはどーでもよくて。

傍に立つと思ったより小さい美月が単純に可愛い。

俺を見上げて赤い頬のまま「さっきはすいません…」そう言うんだ。


「いや気にしてない」

「みんなの前で恥ずかしくて…でもあのっ、嬉しかったから…」


カァーって音が聞こえそうなくらい真っ赤になる美月。

そーいう顔されると、無条件で抱きしめたくなるのって、俺だけ?


「そっか、よかった!LINE教えてよ」


スマホを出すと「はい」って小さく頷いた。

ID検索するとローマ字で書かれた名前と、「江ノ島?これ…」海をバックに遠目に写ってる美月。


「うんつい最近親友と行ってきたの!」

「へぇ、んじゃ今度は俺とも行こうよ」

「…うん」


嬉しそうに笑う美月。

柔らかそうな頬をムニュって軽く摘むと「…登坂しゃん…」すぐに真っ赤になる。


「臣でいーよ。みんなそう呼ぶし!気軽に、ね?」

「臣くん…」

「美月さん?美月ちゃん?…それとも、美月?」


摘んでいた指を離すとちょっとだけ俯きかげんで「美月でいい」小さく答えたんだ。

心臓がキュッて鳴ったような感覚で。

こんなのすげぇ久しぶりの感情だった。


―――恋はすぐそこにあるのかもしんない。

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