哲也とボス
「戻りました〜」
ガラス扉を開けて啓司が一番に入っていく。
その後ろを私と剛典。
一番後ろを守るように臣が事務所内に入った。
「お帰り〜!って、啓司その傷どうしたの!?」
いつも通り哲也特製の珈琲臭が漂っていて。
啓司は事務所の奥にあるソファーに大股開いて座ると「ユヅキだよ」面倒くさそうに呟いたんだ。
勿論ながら哲也の視線が一直線に私に飛んできて。
「ん?」
ただ首を傾げているだけなのに、背中に冷や汗かきそうなくらい怖い。
顔だって怒ってないし、睨まれているわけじゃないのに…恐怖だ。
絶対に剛典の存在に気づいているはずなのに、何も言わない哲也。
啓司の傷も含めて全ての理由が私だと思って、その理由を私が言うのを待っているに違いない。
さりげなく臣の腕を掴んで背中に隠れると、クスって臣が笑った。
「守ってやろうか?」
ほんのり顔を私に向けて小さく囁くから、コクコク首を縦に振ると「んじゃベロチューに変更だな」…本気か冗談か臣がまた笑った。
ベロチューでも何でもいいから珈琲淹れてる人怖いよ!!
臣に背中からギュウって抱きつくと…
「何してんだお前…」
カランって事務所のドアが開いて、まさかのボスに後ろを取られた…。
「アキラ!た、ただいま…」
「おう、無事だったか!」
臣に抱きついている私の頭をポンポンって優しく撫でてくれるその瞳は細く垂れていて、いたって機嫌は良さそう。
でも、私の隣にボケっと突っ立っている剛典を見て、眉間にしわを寄せた。
だけど次の瞬間…――「探してた運転手です、こいつ!」クルリと反転した臣が私を後ろに隠すようにアキラに顔を向けてそう言ったんだ。
―――え?運転手?探してた、の…?
「おお、早いじゃねぇか!」
ニコって目を細めて笑うアキラに剛典は若干脅えながらも小さく頭を下げた。
「へぇ〜」
何も言ってないけどまるで今ので全てを察したような哲也の「へぇ〜」にやっぱりビクビクする。
でも私、臣がいるし。
そう思って剛典をアキラに差し出すように背中を押した。
「名前は?」
「岩田剛典」
「剛典な、よろしく!」
スッとアキラの大きな手が剛典の傷だらけの手を包み込む。
無言で見つめていた剛典だけど、その温かさに触れてホッとしたのか泣きそうな顔で小さく頷いたんだ。