伝説の男


「おいお前!」


パコンって啓司がホストを横からぶん殴った。

慌てて彼を引き寄せて守るように身体に巻きついた。


「やめてよ、啓司!」

「何なんだよあいつら、ったく…しつこいったらねぇ…」


走ったせいでぜえぜえ肩を揺らしている啓司の右の拳には血の跡があって。

それをタオルで上から抑えるとほんの一瞬顔を歪めた。


「私、ユヅキ!あなたは?」

「………」


無言で私を見るホストは何て言えばいいのか分からないって顔で。


「傷、痛そう…」


彼の口端も赤く腫れて切れていて。


「…岩田。岩田剛典…」


低めの澄んだ声で名前を呟いたんだ。


「いわたたかのり…たかのり…ね、了解!」


私がニッコリ笑うと、少しだけ安心したように彼も笑ったんだ。


「それで、ヤクザの女に手出して死ぬ気だったの?」


言ったのは臣で。

私に話すトーンとは、3オクターブぐらい違って低い声。


「知らなかった。バックにあんなのがついてるなんて…」


首を横に振ってそう言う彼。


「俺…マジ殺されるかと思った…」


後部座席で震える膝に手を置いて絞り出すような声で小さく呟いた。


「殺されてただろうね〜俺が行かなきゃ…」


啓司が一番後ろの座席に移動してドカっと足を開いて座る。


「…ありがとうございます。でもあなた達も狙われるっていうか…大丈夫なんでしょうか?」

「あー大丈夫だよ、それは!」

「え?」

「たかのりって、ホストやってんの?」

「あ…はい」

「それで客できたあの女の枕やったんだ?」

「…そんなとこです」

「じゃあ登坂広臣って名前知ってる?」


私の言葉に一瞬顔を歪ませて、それから「ああ、名前だけ…」そう言った。


「この界隈を仕切ってるっていう奴ですよね?”伝説の男”っていう…。それはクラブで聞きました。登坂広臣は絶対に敵に回しちゃいけないって…」


何だか既に可笑しくて。

後ろの啓司に至っては何故か自慢げな顔で。


「よかったなたかのり!」


後ろから身体を起こしてそんな激励の言葉をかける啓司。

そのすぐ後、運転席の臣が赤信号で止まって振り返った。

私を見て苦笑いを零すと…「それ俺のこと…」たかのりの悲鳴が車内に響き渡ったんだ。

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