大人の男
夜7時30分。
「ありがとうございました」
仕事を終えた依頼主が私達の所へとやってきた。
「では請求書は後日郵送にてお送り致しますので…」
「はい!本当にありがっとうございます!」
物凄い笑顔で私と啓司に頭を下げたカップルだった。
必要事項だけを言って頭を下げた私達はそそくさとその場から離れた。
「…つ、疲れた…」
「俺も…こんな依頼は二度とご免だぜ。アキラにクレームつけとかねぇとな〜。とりあえず飯でも食ってく?」
ラーメン屋を指差している啓司の腕に掴まって「もう歩けない私。おんぶして」縋りつくようにそう言うと、あきらかに嫌な顔をして私の腕を無理やり払った。
「絶対ぇやだ」
「分かった、お姫様抱っこで我慢してやる」
「ばっか、そういう問題じゃねぇよ。俺も疲れてんの!」
「なによ、ケチ!」
「あのなぁ…」
そう言った啓司はふと視線をずらすと、次の瞬間怪しい笑みを浮かべた。
嫌な予感…―――そう思った時にはもう私の肩を抱いていて、誘導先には煌びやかな建物…。
「仕方ねぇ、抱いてやる!」
鼻の下を伸ばして無理やりラブホテルの方へと移動するわけで。
「やだやだこんなオッサンとなんて!もっと若い子がいいよっ!!」
「お前!若いのなんてヤリたいだけで何の良さもねぇよ!俺ような大人の男だからこその良さってもんがあるんだっつーの!」
啓司の言ってることの90%も分からない私は、それでも疲れているせいで身体は動かず、向かう先へとどんどん近付いていく。
「離してよ〜変態!」
「可愛くねぇな〜」
「てっちゃんと臣は可愛いって言うもん!啓司が見る目がないんだよ!」
無理やり私をホテルに連れ込もうとする啓司とじゃれ合っていたら、ちょうどホテルから出てきた人たちにぶつかった。
「キャッ!」
ふわっと長い髪が揺れて地面に尻もちをつく。
「おい無事か!?」
すぐに啓司が引っ張りあげてくれて私を抱きしめる。
普段転んだだけで抱きしめるわけもなく、啓司の行動にはちゃんとした理由があって。
私達の前、ホストみたいなチャライ子が思いっきり殴られていて。
ボスみたいな男にはキャバ嬢みたいな女が着いていて。
その手下と見られる奴らがホストをボッコボコにしていくわけで。
「ユヅキ、行くぞ」
啓司がスッと私を連れて向きを変えるとさっきとは違う本気の力で私を誘導して歩く。
「あの子、可哀想…」
「ダメだ」
「でも…」
「無理だ。巻き込まれてお前に傷でもついたら俺がアキラに殺される」
「でも、ほっとけないよ!」
私の言葉に顔を歪ませている啓司。
分かってる、私だってルールはルールで守らなきゃいけないってこと。
「まだ若いのに指取られちゃうなんて可哀想…」
「…クッソ」
啓司がそう叫んだ時、大通りに黒いバンがスッと停まって。
「早く乗りなよ」
顔を出したのは最年少の広臣。
彼はうちの会社の運転手で、私と啓司を迎えに来た所だった。
啓司は私だけを車に乗せると、臣に向って言葉を発するとすぐにドアを閉めた。
運転席から振り返った臣が「あーあ…」投げやりに私を見て溜息をついたんだ。