それ故に、彼は【SIDE:M】

それ故に、彼は続編/原西視点













 俺たちは、学校へ向かっていた。

「あ〜ねむ…」

 隣で大きな口を開けて欠伸をする奴をぎろりと睨む。こいつ、咲の体でなんてことを。田中はそんな俺を嘲笑うように、口角を上げて肩を竦めた。
 そう――どんなに見た目は愛らしい咲でも、その中身は男。こんな漫画みたいなこと、本当にあり得るのかと最初は信じがたかった。夢じゃないか。目が覚めたら、いつも通りの咲の笑顔が見られるんじゃないかと何度も思った。しかし、体が入れ替わってしまったのは現実だったのだ。まだ大人しい奴だったら、咲の体に入っても受け入れることができたかもしれない。だけど田中太郎(仮)という男は、デリカシーがなく、口が悪い男だった。はっきり言おう。俺はこいつが嫌いだ。仲良くなろうと思わない。…ま、それはこいつも同じだろうが。
 咲がこうなったのは俺のせいだ。俺が咲をちゃんと守っていれば、咲は階段から落ちて気を失うことも、こいつと入れ替わることもなかっただろう。……階段から落ちたっていうのは違うな。…落とされたんだ、あいつらに。

「おいおい、顔怖いぞ」
「言葉」
「…誰も見てねえよ」

 うざったそうに目を細める田中を睨むと、呆れたように溜息を吐かれた。

「学クン、お顔が怖いデスワヨ」
「……キメェ」
「なんだとコラ」

 いくら可愛い咲の声でも、それを発しているのは男。自分が勝手に想像している田中太郎(仮)像がウフ、と言っているのを想像してうげっと顔を顰める。ちなみに俺が想像する田中太郎(仮)像は芋顔のブサ男だ。
 ……って、待て。学くん? …なんで、咲がそう呼んでいるって知ってるんだ。

「どうして学くんって呼んだ? 俺は咲が俺のことそう呼んでたなんて、言ってねえよな」

 探るように田中を見ると、田中が一瞬ピクリと反応した。不審に思ってじっと見つめるが、ふいと顔を逸らされてしまった。

「なんとなく、そう呼んでるんじゃないかと」
「……なんとなく、なぁ?」

 本当に? どうにも怪しくて田中に再度話しかけようとしたが、学校が近づいてきて、仕方なく口を閉ざす。周りにも人が増えてきた。ちゃんと気を付けろよ。じろ、と目で訴えると、分かってるとでも言うように、自信満々な顔で頷かれた。……不安だ。

「学、おはよぉ」

 ずし、と突然体重をかけられ、眉を顰める。頭の悪そうな喋り方。鼻を塞ぎたくなるようなきつい香水の匂い。カッと怒りで我を失いそうになるが、ぐっと我慢する。俺は首に回った腕を剥いで、振り向く。

「会沢…」
「うふふ、今日もカッコいいねえ、学。……あっ」

 化粧を施した醜い顔の持ち主――会沢知恵は、隣にいる奴に目を遣る。わざとらしく目を丸くした後、眉を下げた。

「倉本さん、体大丈夫だったぁ? もう知恵、心配でぇ」

 どの口がいってんだ。ぎり、と歯を噛み締めて会沢を睨む。ちらりと田中を見ると、口を引き攣らせていた。とりあえず…会沢にコロッと騙されるような馬鹿な奴じゃなくて良かった。俺は全く好きじゃないが、一応顔立ちは整っていて、巨乳で、スタイルがいいため、愚かな男どもは会沢に夢中になるのだ。……田中のタイプじゃないのか、女に興味がないのか、それとも好きな女、もしくは彼女がいるのか…? こんな口が悪いデリカシーのない男に彼女なんて考えられないが。……って、田中のことはどうでもいいんだよ。

[ prev / next ]



[back]