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「…ごめん、私、記憶喪失みたいで…」
「ええっ? そうなんだぁ…」
「良かったら名前、教えてくれるかな? 実は心細くて」

 驚いた。……ちゃんと、できるじゃねえか。先ほどまで大口開けて欠伸していた奴と同一人物とは思えない。まるで、本当に咲のような…。
 田中の言葉を聞いて、会沢がにこりと笑う。裏を知っている者からすれば、気味の悪い笑みだ。

「知恵はぁ、会沢知恵って言うんだぁ。倉本さんとは仲良かったんだよぉ」

 はあ!? 何言ってやがるんだこいつ! 会沢の腕を掴んで怒鳴ろうとした時、咎めるように田中が俺を見上げた。俺が口を出すとややこしくなる。そう言いたいんだろう。……俺は会沢に聞こえないように舌打ちして、口を噤んだ。

「そうだったんだ…。忘れちゃって、ごめんね」
「ううん、いいんだよぉ」
「改めて宜しくね」

 俺は二人の会話を聞きながら、早く学校に着かないかと溜息を吐いた。










 クラスメイトは登校してきた咲を窺っていた。担任が咲が記憶喪失になったということを告げると、皆いろいろな反応を示した。俺は高村の口が面白そうに歪んだのを見逃さなかった。ちゃんと高村のことを気を付けるように言っているし、第一中身は男だ。惹かれることは絶対にない。体は咲なので無茶するのは控えてほしいが。
 咲の席は隣にしてもらった。クラスメイトに異論はないようだ。一部を除いて。隣にやってきた田中を見ると、にこやかな笑みをこっちに向けた。…くそ、咲じゃないって分かってるのに。こいつは最低な男なのに。くそ。

「…大丈夫か?」
「うん、なんともないよ。ちょっと不安だけどね」

 眉を下げて苦笑する田中は、一瞬だけにやりと好戦的な笑みをした。心臓に悪いからやめろその顔。
 …ところで、田中の年齢はいくつなんだろう。高校一年の授業に付いて行けるのか…?

「なあ」
「ん?」
「授業、大丈夫か? 付いて行けそう?」

 あくまで、咲に話しかけるように。…不審に思われたら大変だからな。

「大丈夫だよ」

 そこまで歳は変わらないのか? 口パクで歳いくつと伝えると、一瞬だけ眉を顰めた田中は、顔を逸らした。答えたくないようだ。こいつ、俺に何も自分のこと話さないよな…。バレるのが嫌なのは、どうしてだ? 一発殴るとは言ったが、隠しているのは最初からだったし、そこはあまり気にしていないような気がする。唯一名前は知っているが、それも偽名っぽい。モヤモヤとしながら、俺は頬杖を付いた。

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