夏・金曜日
「フツーさ、付き合ってる恋人同士ならすることなんて一つだよなぁ?」
「…それだけでも無かとよ」
「えぇー?!お前だってオネーサンたちとヤル以外、何すんだよ」
「俺はオネーサンたちと付き合ってるワケじゃないけん」
「酷ぇやつだな」
「お前だって一緒じゃけ」
「俺はもうそういう遊びなオネーサンたちとはスッパリ手を切ったから」
「は?」
「誠実になんねーとな」
「……さっきのが誠実な男のセリフなのか」
「コイビト、出来たから」
「芥川?」
「もっちろん。やっぱ200%で、俺の直感も正しかったっつーことで」
「オメデトウ、と言ったほうがええか?」
「まあわかっていたことだけども」
「…で、冒頭のセリフと何の関係があると?」
「それがさぁ、ジロくんにOKもらったから月曜の続きしようとしたんだけど」
「月曜って」
「ん?ほら、告る前に、散々ジロくんをー」
「あー…、全部言わんでええ」
「なんだよ〜聞けよー」
「一昨日イヤっちゅーほど聞いたけん」
「ま、いいや。そんでさ、一応『両思い』なワケだから、何の障害も無いわけじゃん?」
「障害?」
「思いを体でも確かめようと思ったんだけどさー」
「…」
「すんげぇ抵抗された」
「…そりゃそうだろ」
「なんで?」
「普通に考えればわかることじゃけん」
「えー?だって恋人同士がすることなんて、一つっきゃなくねぇ?」
「お前、今まで彼女いたことあるか?」
「何言ってンだよ。知ってるだろ」
「ヤルだけのオネーサンじゃなくて、特定の誰かと付き合ったことがあるのか?」
「そりゃ…」
「俺が知る限りでは、ブン太の彼女は思い出せないがな」
「…あれ?俺、彼女っていなかったっけ?」
「お前が思い出せないのに、俺が知ってるわけなか」
「いや、待って。確か初めての相手もー」
「社会人のオネーサンで、一晩の相手じゃろ」
「何回か会ってたと思うんだけど」
「夜会ってヤルだけの相手は、付き合ったとは言わん。
ソイツだけならともかく、そのオネーサン以外にもいなかったか?」
「…そういやいたな」
「出かけたり、デートしたりとかは?」
「そういうのはしょっちゅうしてる。けど、別に付き合ってるワケじゃねーし」
「お前は奢られればついていくしな」
「誘われれば行くだろい」
「俺は行かん」
「お前は要求が高すぎるからだろ」
「好みがあるけん」
「でもよ、誘われてそれが可愛い子で、ヒマだったらOKするだろ。男なら」
「で、行けそうなら夜もって?」
「さすがに同じ学校のヤツは後々面倒だからヤんねーけどな」
「お前のその感覚だと、『両思いの恋人』というのは今までいたことが無い、と」
「今までのが彼女じゃねーなら、そうだな」
「たとえ彼女だったとしても、お前、その子たちのこと好きだと思ったことあるのか?」
「そりゃ、気持ちイイし、すっきりするし」
「そういうことじゃなくて」
「?」
「寝る以外に、一緒に過ごしていて思うこととか、あったか?」
「ご飯食べて美味いとか?」
「…そういうことじゃなか」
「映画見たり、ドライブしてー、飯食ってー一通りのデートはしてると思ってるんだけど」
「映画面白かった、車の中で寝た、飯はイマイチ、とかそんなことか?」
「おう。そうだな」
「何かをしたとかやのうて、その相手に対しての想いとか」
「……想い?」
「ああ。普通は、たとえヤルだけの相手だとしても、情っちゅーもんが」
「体の相性しか覚えてねぇな」
「…だろうな」
「お前はあるのかよ」
「無い」
「だろい」
「そういう相手とはドライな関係なもんでな」
「一緒じゃねーか」
「少なくとも、俺は『付き合った恋人』というのが過去におるんでな」
「何が違うんだよ」
「全然違うじゃろ」
「?」
「芥川がお前の今まで関係してきたオネーサンたちと一緒だとでも?」
「何言ってんだ。全然違うだろい」
「どう違う?」
「あのなぁ、今までの彼女連中は俺のことが好きかもしんねーけど、ジロくんは違う」
「(彼女違うけぇ)」
「俺『が』ジロくんを好きなんだ。他の誰とも全っっっ然違うし」
「…お前の恋人の定義は、お前『が』好きかどうか、ちゅうことか?」
「そりゃそうだろ」
「今までの女の子たちは、好きでもない、と?」
「改めて言われると、別に好きだったわけじゃねぇな。そもそも誘われてヤルだけだし」
「…ほーか」
「今までの相手なんてどうでもいーんだよ。問題は、ジロくんだ」
「問題?」
「なぁ。両思いってことはアイツも俺が好きってことだろ?」
「『両』思い、ならそうだろ」
「なら、何の問題もないよな?」
「……」
「何でジロくん、嫌がるんだ?」
「……」
「すんげぇ気持ちも盛り上がって、いい雰囲気だったし」
「……」
「となりゃ押し倒すしかねーだろ」
「……ブン太。
―モノには順序というのがあると思わんか?」
「順序?」
「オトナな関係ならともかく、高校生で、付き合った初日にそこまでいくか?」
「え、そういうモン?」
「…付き合ったことが無いから、わからんか」
「…?」
「初日で最後までってのも互いがOKならあるだろうが」
「うん」
「相手は芥川じゃけ」
「うん?」
「そうもいかんじゃろ」
「なんでジロくんだとだめなん?」
「あっちは初めてのお付き合いなんだろ?」
「俺だってそうだ」
「…お前はちょっと違うけぇ、芥川と同じスタートラインでも無いき」
「なに?ジロくんが童貞だから?」
「まぁ、それもある」
「俺のハジメテも、初対面のオネーサンだったけど」
「それも置いといて。そもそもお前と芥川だと、そういうことへの考え方が違うんじゃなか?」
「セックス?」
「……そういうのを口に出せるタイプなのか?あっちは」
「微妙。すんげぇ恥ずかしがってし」
「芥川も手慣れたオネーサン相手ならまた違うかもしれんけど」
「んなのダメに決まってんだろ!」
「例え話しじゃけぇ」
「ジロくんのコイビトは俺なんだから、俺以外となんてありえねぇし!」
「…てことは、お前もこの先、オネーサンたちとは遊ばないのか?」
「当たり前だろい!ジロくんがいるのに、そんな不誠実なことできるわけねぇ」
(…セックスに対する倫理観と、恋人への誠実さが矛盾してるように思えるけぇ。
まぁ、芥川と付き合いながら他で遊ぼうとしないだけマシなのか)
「いいか?芥川は誰とも付き合ったことがなくて、お前が初めて」
「うん」
「セックスはもちろん、キスも、手を繋ぐことも、したことが無い」
「キスはしたぞ」
「…今、一般論を話してるけぇ、最後まで聞きんしゃい」
「はい」
「何もかも初めてで、恋人ができて、すぐさま手ぇ出されるなんて思いもしないだろ?」
「……」
「初めての彼女ならともかく、初めてが彼氏じゃけぇ」
「?」
「いいか、ここで芥川がお前と決定的に違うのは」
「ちがうのは?」
「お前は手を出す方だから立場的に今までと同じだろうが、アイツは手を『出される方』ってとこだ」
「…うん?」
「それとも、お前が『手を出される方』か?」
「ありえねぇだろい」
「二人とも男で、どちらの立場も取れるじゃろ」
「俺、ジロくん抱きてぇもん」
「芥川もそうだとは思わんか?」
「ジロくんが俺を?」
「あいつだって、男やけぇ」
「それは無ぇと思うけど」
「なんで?」
「あいついっぱいいっぱいだったし」
「目、くるくるさせて?」
「ああ。顔真っ赤で、まぁ、可愛いんだけどよ」
「…そこは聞いてない」
「(無視)口ごもるし、すんげぇ照れるし、なんか困った顔するし」
「パニックになってた、と」
「そうそう。純真なんだよなぁ〜慣れてねぇし。可愛くて、まじやばかった」
「そんなパニックになるほど純粋で慣れてないやつが、初めての恋人と、付き合うことになったその日にセックスできると思うか?」
「………」
「しかも、『受身』で」
「……」
「お前だったらどうだ?いくら普通に女とは経験あるとしても、男に『抱かれる』立場になって、はいそうですかと受け入れられるか?」
「……無理、だな」
「芥川がたとえその部分に対する抵抗が根幹で無いとしても、それ以上にまるっきり経験が無くて戸惑っているなら、ゆっくり歩まんといかんのと違うか?」
「……」
「お前の今までの相手と、芥川は根本的に違う。わかるか?」
「………」
「関係を持った女連中で、初体験の子っておらんじゃろ」
「……」
「皆、手慣れたオネーサンたちか」
「……うん」
「それならピンとこないかもしれんけど、初めての子にはそれなりに優しく、ケアが必要じゃけぇ」
「……」
「ましてや芥川は元から男が好きなわけじゃないだろ」
「…ジロくん、初恋は小学校同級生の可愛いショートカットの子だって」
「それならなおさら、初めての恋人が『男』だなんて、想像もしてなかったはずやけん」
「……」
「大事にしてやりんしゃい」
「そりゃ、当たり前―」
「一つずつ教えて、一緒に歩む気持ちで付き合わんと」
「……」
「付き合うことになって、まだデートして無いんだろ?」
「…昨日オッケーもらったばっかだしな」
「セックス云々以前に、とりあえず一緒に出かけてみんしゃい」
「…?」
「メシでもゲームセンターでも漫画喫茶でも映画でも。何でもいいけん」
「しょっちゅう遊んでっけど」
「芥川を『恋人』と意識して、それでデートしてみろ、と言っとる」
「なんか、違うのか?」
「それでお前がどう感じるか。初めてのちゃんとした恋人やろ?」
「…うん」
「意識したときから、まったく違う感情を抱くこともある」
「……」
「友情から恋愛になったことがあるか、と一昨日言うとったじゃろ」
「…ああ」
「ある」
「お前が?!」
「以前、な。もう別れたから参考にならんかもしれんが。…まったく違ったぜよ」
「そういうこと話すの、珍しいじゃん」
「普段なら絶対言わん。ブン太があまりにもで、芥川が可哀想じゃけん。今回だけだ」
「……」
「今までとまったく一緒に感じるなら、それはそれでいいと思うがな。
―少なくても俺にとっては、友達から恋人になったときに、相手に感じた想いはまったく違うモンじゃったけぇ」
「まったく、違う…?」
「もっと大事にしたい、大切にゆっくり育みたい。そう愛しく想うこともあるかもしれん」
「…お前が、そうだった?」
「俺の話しはここまで。たとえ話じゃけん」
「……」
「お前と芥川の場合は違うかもしれんし。
今日一晩じっくり考えて、あらためて芥川と一緒にいてみろ。
違う景色が見えるかもしれんぜよ」
「……」
「何も変わらなかったら、芥川の気持ちが同じラインに立つまで待つしかなか。
お前がガツガツしてたら、遠ざかるかもしれんがの」
「……デートしてみる」
「頑張りんしゃい」
「…サンキュ。結果は、追って連絡―」
「夏休み明けでよか」
「まぁ、そう言うな」
「ブン太がアンバランス、か。
―芥川も大変やけぇ」
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