二匹目
ザワザワとうるさ…賑やかな教室はいつも通りだった。誰からも昨日のことを言われることもなく、彼は何も言わなかったのかと安堵の息を吐く。
何事もなく一日を終え、家路につくところだった。
昨日は心配で本を読んでもちっとも集中出来ず、図書室に寄る必要はない。
教室を出て歩いていると後ろの方ががやがやと騒がしかった。
「ちょお!なぁ自分!待ってや!」
「(…なんかうるさい)」
「なあって!」
突然肩を掴まれて振り向かされる。すると目に入ってきたのはまばゆいばかりの金髪で、私の表情は固まった。昨日の男だ。
「自分昨日の子やんな?」
何で話し掛けられたのか。昨日私が言った台詞をここで言うつもりなのか。冷や汗が背中を伝う。今まで築き上げてきた擬態が崩れ去ってしまう。
「忍足くんや!」
「ほんまやーかっこいい…」
周囲から聞こえる女子の色めいたざわめきに彼は人気者なのだと瞬間的に理解した。余計に困る。女子の嫉妬は醜いのだ。
こうなれば早めに立ち去るに限る。彼が口を開く前に先制攻撃だ。
「昨日はぶつかっちゃってごめんなさい、怪我あらへんかった?」
「お、おん」
「ほな私、急ぐから」
完璧だ。にっこりと笑顔を張り付けて挨拶し足早に立ち去った。もうこうなったらなるべく人が来ない廊下を歩こう。ちょっと遠回りだけど。
「なあ待って!」
人がいない廊下を歩いて気を抜いたところで彼が後ろから追い掛けてきた。なんでやねん!
走って逃げたい気持ちだったけどそれこそ怪しまれるのでその場でなんとか踏み止まる。
私の元にたどり着いた彼は予想通りの台詞を吐いた。
「なあ昨日の擬態って何?」
ああやっぱり。それだけの為に追ってきたのか。周りに人がいないからまだマシだけど。
「なんでもあらへんよ、変なこと言うてごめんね」
「せやから何で面白くあらへんのに笑うん?」
まただ。
昨日と同じように鋭い目で私の擬態をあっさりと見抜く。
イライラする。擬態してないなら何でわかるんだ。作り上げた自分の殻に土足で踏み込まれている感覚に自然と笑顔が消えた。それを察知したのか彼があたふたと人の良さそうな顔に変わる。
やっぱり擬態してるようにしか見えない。自覚がないのだろうか。それともただの馬鹿?
「すまん!俺気分悪くさせ…「…い」て、え?」
「その目は、嫌い」
「は?」
他人を思いやってますーって顔するくらいなら見抜かないで欲しい。ぽかんとした彼を置いて私は走り出した。頼むからこれ以上ついて来るなと思いながら。
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