一匹目



夢なんてないし、将来どうなってるかなんてまるで予想がつかない。
けど子供ではないしかと言って大人でもない。
はみ出さないように丁寧に擬態して、成虫の振りをしている私は蛹のまま。





擬 態





「紘!おはよう」

肩を叩かれて友達が隣にならぶ。おはよう、私はいつものように笑顔を張り付けて答えた。
人間は何故か自分の違うものを奇異だと疎む。この世の中で上手く生きるには擬態が必要だ。
周りに合わせて思ってもいない愚痴を言い、恋愛話に相槌を打つ。
馬鹿らしい、そう思っている内心は隠して私は偽りの仮面を嵌め続けている。もういつから擬態しているのかわからないくらいに擬態は生活の一部になっていた。

いくら慣れてもやっぱりそんな生活は疲れるもので、唯一ひとりで居られる放課後が何より好きな時間だった。
部活に行ったり、好きな人の応援に行ったりと忙しい彼女達。私は興味がないのでいつも帰りは図書室に寄って本を借りて帰るようにしていた。

そして今日も。静かで余り人の来ない図書室では委員が音楽を聴きながら机に突っ伏していた。それでいいのか、そう思いながらも私の足はさっさと本棚へと向かう。お気に入りの作者の本を何冊か取り机に突っ伏している委員の元へと向かった。
どうやら委員は寝ていたわけではないのか私が歩いていくと体を起こしやけに鋭い目でこちらを見た。切れ長の目が印象的な男の子だった。やけに顔が整っている。
耳につけていたヘッドフォンを下ろして貸出ですか?と聞いてきた。私が頷くと怠そうに貸出作業を行う。こっち返却で、と持ってきていた本を差し出せばかしこまりましたーと間延びした声で言われた。やる気がない。
貸出手続きが終わり私は本を抱えて図書室を出た。ぱらぱらとめくりどれから読もうか考えながら歩いているとバタバタと足音が聞こえた。顔を上げた途端何かにぶつかって私は後ろに転げてしまった。尻餅ついて痛い。

「す、すまん!大丈夫か!?」

声をかけられて顔を上げればそこには金髪が目を引く男の子が手を差し出していた。やたらと顔が整っている。今日は所謂イケメンに縁がある日なのだろうか。
差し出された手を丁寧に断って立ち上がり、制服についた埃を払う。
彼が落とした本を拾って私に差し出した。

「すまん」

「あ、おおきに」

張り付けた笑顔で受け取ると途端に申し訳なさそうだった彼の顔が訝しむような顔に変わる。

「自分、何で思ってもないのにおおきにって言うん?」

「え、」

びっくりした。すっかりくせになっている擬態を初対面の男に一目で見抜かれたからだ。
何で、どうして。擬態は完璧なはずなのに。

「あっす、すまん!俺今なんや失礼なことを」

彼の表情が申し訳なさそうなものに戻る。さっき私の擬態を見破った時の眼光の鋭さはどこにもない。
もしかして、

「あなたも擬態してるの?」

「は?」

「いや、なんでもない。それじゃあ」

「あ、ちょお!」

呼び掛けられる声には聞こえない振りをして私はさっさと立ち去った。
なんてうっかり。擬態なんて言ったって伝わるはずない。変人扱いされるのが落ちなのに。
さっきの男が言い触らしたらどうしよう。私は一抹の不安を抱えながら足早に学校を去った。

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