09.誰を想像したのだろう

 頭が朦朧とする。女の甘い吐息が聴こえる。媚びるような恥ずかしい漏れ声だった。腰許に男がいるけれど、暗晦(あんかい)に姿が浮かぶだけ。

 廃材の匂い――納屋の板と板の隙間から一筋の月光が差し込んでいた。それが顔を差すからなのか、いやに火照りがひどい。身体中に気怠く伝染している。

 甘い吐息は内から溢れてくるから、とめようがなかった。せめて指を噛んでのみ込ませようと思い、手を口許に寄せたのに許されなかった。がっしりとした手に、手首を縫いとめられる。熱を帯びた手首に冷たい手が心地よいと感じるも、唇からの喜悦の声音が恥ずかしくてたまらない。恥ずかしいのに身体は抵抗しない。男のなすがままを、いっそ望んでいるようだった。

 寝間着の胸許ははだけており、ささやかな二つの膨らみが露わだった。男の冷たい手が、人肌よりも熱い膨らみを冷然といじめる。やめて――と女は胸許の襟を掻き合わせた。胸のまさぐりなど可愛いもの――両腿のつけ根の、狭間奥のまさぐりのほうが羞恥だった。

 ショーツ越しに男の骨張った膝頭が執拗ににじる。味わったことのない快感が、女をさらに朦朧とさせた。気を呑まれそうな恐怖に類する、快感という大波が襲ってきそうになると、無慈悲に男は膝頭を遠のける。つい、やめないでという媚びた懇願が口を滑る。地獄のような天国のようなその繰り返しは、女の表情を切なく歪ませ、たまらなくもさせた。

 月を半端に隠している雲がなびいたか、差し込む月光の位置が右にずれた。光を嫌うように男は避ける。斜めに差し込む月明かりが――冷淡だけれど、精悍な男の薄い唇と顎を照らすのを、一瞬だけ女は見た。
 男は文字を綴った紙を女にしきりにつきつける。

「……なに? わからない」と女は頭を振る。だめだ、靄がかかって頭が働かない。だけれど嘘は言っていない。純粋に文字が読めないのだから。
 苛立つように男は紙をつきつける。だが声は絶対に発しない。
「わからないってば。――やっ、もっと――っ」
 はしたなく、女はねだった。制御できない快楽を身体が求めるからだった。

 ※ ※ ※

 朝日が眩しい。ベッドで目が覚めた真琴は、頭重に後ろ首を揉みながら半身を起こした。ミカサたちはまだ寝ている。

 なんて夢を見てしまったのだろう。情けなさに真琴は眼を覆う。
 夢の女は真琴だった。相手の男は誰を想像したのだろう。快楽を利用して拷問されたような夢だった。自分に淫らな性癖があったのかと思うと、まだ温かい掛け布団に隠れたくなった。
(やだ、もう。欲求不満なのかしら。けどこんな夢は初めて。……でも)

 なのに夢だとしっくりこない。女の快感と、風車小屋の納屋の材木の匂いを、身体が鮮明に覚えている、――ような気がする。それに昨夜トラウテと別れて、小屋の近くまで戻ってきたあとの記憶が曖昧だった。どのようにしてベッドに入ったかも覚えていないのだから妙だ。

 頭重に伴い、うっすら吐き気もするが、朝食の支度をしなければ。起き上がれるまで時間がいったが、過労による夢だったのだと最終的に結論づけた。


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mokuji
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