「何、だ…これ……」
雛森が倒れていて、その上に彼女が庇うように倒れている。
そして傍には、血溜まりが出来ている。
どうして――
「残念、見付かってしまったか。すまないね、君を驚かせるつもりはなかったんだ。せめて君に見付からないよう、粉々に切り刻んでおくべきだったかな」
「何で周ちゃんまで此処にいてるんか不思議そうやねぇ。けど、自分が一番よう分かっとるやろ?君が彼女に雛森ちゃんのこと任せたんやから」
俺が、「雛森を頼む」と言ったから。
「雛森ちゃんの後、ずっとつけとったみたいやね。雛森ちゃんが刺されそうになるの見て飛び出して来たんよ、この子」
十番隊も、雛森も、全部、彼女一人に押し付けたから。
「それにしても、この子ぉ霊圧消すん上手やねぇ」
俺の所為だ。
「藍染隊長もひどい人や。百年前は当時の十番隊長さん手に掛けて、今度はその忘れ形見をこんなにしてもぉて」
「…どう言う意味だ」
「ひどいな、ギン。僕は彼を手に掛けた覚えはないよ。彼を殺したのは紛れもなく彼女だ」
何を言ってる。
どういう意味だ。
前十番隊隊長の死に、藍染が関わっているのか。
「藍染、てめぇが前隊長を殺したのか」
「言っているだろう、彼を殺したのは彼女だ。僕は唯、事が上手く運ぶよう少し手を出したに過ぎない」
「一体こいつに何をしやがった」
「彼女にも、彼にも、何もしていないよ」
意味が、分からない。
「藍染隊長、意地悪せんと十番隊長さんに教えてやったらええやないの。周ちゃんは、虚に取り憑かれたんやない前十番隊長さんを殺してもうたって」
「何、だと……?」
彼女は言っていた。
前隊長は複数の虚に身体を乗っ取られて、そのまま斬ったと。
「そのままの意味だよ。荻野隊長は虚に取りつかれて等いない、僕がそのように見せただけのことだ。彼女に、その場にいた者達に、護廷中に」
「それじゃあ、こいつは――」
喉が、声が震える。
「何の罪もない彼を、自分を拾ってくれた恩人である彼を手に掛けたのさ。あんなに上手くいくとは思わなかったよ」
藍染に疑念を抱いていた前隊長が邪魔になり、彼女に始末させたのだと言う。
よりにもよって彼女に。
「彼女は珍しい魂魄だったからね、検体に欲しかったんだが、まあ仕方がない」
虚に取りつかれて等いない前隊長を、藍染の何らかの術にかけられた彼女が、殺した。
「君は、彼女が自分の隣にいることを必然だと思っているだろうね。しかしそれは思い違いだよ」
身体の奥底から、抑えきれない程激しい震えが込み上げてくる。
「私が拾っていたとしたら、今彼女は君の隣ではなく私の隣にいただろう」
「卍解――大紅蓮氷輪丸。藍染、俺はてめぇを殺す」
怒りと、憎しみと、憎しみと、憎しみと――それだけだった。
「あまり強い言葉を使うなよ、弱く見えるぞ」
一瞬、目の前が真っ白になった。
そして、それは瞬時に赤に変わる。
鈍い痛みが、身体を貫く。
「うそ、だろ……」
左肩から斬られたのだと悟った時には、地に伏していた。
そして、
「あらぁ、この子まだ生きとったんやねぇ」
市丸の愉快げな声に、視線を動かす。
目の前に、赤い――俺のそれよりもっと赤く、紅く――白を真っ赤に染めて、彼女が、其処に。
どうして。
「健気な子ぉやねぇ。自分の身を犠牲にしてまで大事なもん守って、綺麗ぇな身体こないになってしもうて。こらあかん、腕が繋がってへんわ」
彼女は、藍染の剣から俺を庇ったのだ。
声が出ない、身体が動かない、指一本すらも。
何も、彼女に手を伸ばすことも、出来ない。
「大事な前十番隊長さんを殺してしもぉて落ち込んどったけど、今度は大事な十番隊長さん守って死ねたんや、この子ぉも本望やろね」
「部下に感謝することだ、日番谷君」
「せやけど、同情するわ。あの更木に生まれて、前十番隊長殺して、十番隊長さんの大事なもん庇って、また庇って、散々な人生やなぁ」
市丸が彼女の血濡れた顔を掴む。
薄く開かれたその葡萄色に、生気はない。
しかし、血に染まる紅い唇は、緩やかな弧を描いていた。
何て、美しいのだろう。
ああ、どうして。
「それにしても、綺麗ぇな子ぉの死に顔は、生きとる時より綺麗ぇやねぇ。こないな姿になってまで笑うとる」
触るな、とも、言えなかった。
何も、何も出来ずに、唯、見ていることしか出来なくて。
誰でも良い、何でも良い、彼女を助けてくれ。
彼女を殺さないでくれ。
周を俺から奪わないでくれ。
何故、こうなった。
何故、彼女が此処にいる。
何故、彼女は倒れている。
何故、彼女はあんなにも紅くて。
何故、彼女は笑っているんだ。
分からない、考えたくもない。
何故何故何故何故。
ああ、誰か、教えてくれ。
ああどうか――頼むから。
どうか嘘だと言ってくれ。
もしも原作のあのシーンに主人公がいたら
原作がうろ覚えなので、おかしなところもあると思います。
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