雪解け(過去・番外・後日談等) | ナノ
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 いつか想い出の片隅で


「いやぁ、女の子は何着ても可愛いっスねぇ」

浦原局長は、彼女、周にあれこれ着せては満足そうに笑っている。
一体何着目になるだろうか、一着で終わらなかった時点で数えるのを止めた為分らないが。
結局、留紺に真紅の椿が描かれた浴衣に決まったようだ。
山吹色の兵児帯がよく映えている。

「周サン、痛くないっスか?」
「はい」

局長は器用に彼女の長い銀色を纏め上げ、簪を挿した。

「うん、すごくお似合いっスよ」
「ありがとうございます」
「どうっスか、阿近サン」

彼女の手を引いて、俺に見せる局長。

「どうって……別に」
「似合ってますって、周サン」
「言ってないですよ」
「ありがとうございます」

局長は、人の話しなんて聞いちゃいない。

「さて、行きますかぁ」

荻野隊長が一週間現世任務だとかで、局長のいる十二番隊兼技局で彼女を預かることになった。
一緒に茸採取の次は、夏祭りに連れて行かれるらしい。
彼女が着替える前に、俺も余所行きの浴衣に着替えさせられた。
普段着で良いと言うのに、局長は有無を言わさず新品の浴衣と帯を俺に寄越した。
糊付けされた浴衣とふわふわひらひらした兵児帯が心地悪い。
俺も彼女もそういう類ではしゃぐ全うなガキではないのに、局長は行くと聞かない。
どうやら一番楽しみにしているのは局長のようだ。
面倒くさい。

「阿近サン、手を」
「はい?」
「周サンと手を繋いで下さい」

「迷子になったらいけませんから」と局長が笑う。
どうして俺が。
あんたが繋げば良いだろうと言おうとすれば、局長は彼女ともう片方の手を繋ぐそうだ。
彼女が真ん中で、俺は端らしい。
仕方ないと、彼女の手を取ろうと手を伸ばす。

「……何だよ」

彼女が俺の手をじっと見るものだから、そう言えば、「いいえ、何も」と首を横に振って笑う。

彼女の白い手は、自分のそれより少し冷たい。
誰かと手を繋ぐなんて、初めてのことだった。

「離しちゃいけませんよ」
「はい」

局長が彼女の手を握って言って、彼女が笑って頷く。
諦めて、俺も頷いた。

「何か食べたいものはありますか?何でも言って下さいね」

賑やかな笛や太鼓の音、店主や客の声、夜の闇に店の灯りが眩い程広がっている。
香ばしい香りから甘い香りまで、思わず顔を顰めるような程に漂っている。
耳も目も鼻も馬鹿になりそうだ。
俺も、恐らく彼女も、夏祭りなんてものは初めてのことだった。

「手始めにかき氷なんてどうっスか」
「はい」

彼女が苺、俺が甜瓜を選んだ。

「あそこに座って食べましょう」

局長が大通りから離れた長椅子を指し、座る。

「他に何か買って来ますから、少し待っていて下さい」
「はい」

そう言って、局長が大通りに消えて行く。

「おい」
「はい」
「離せよ」
「浦原隊長が、離してはいけないと」
「食えねーだろ」
「……そうですね」

漸く、繋いでいた手が離れる。
いらいらする奴だ。
変に抜けていると言うか真面目過ぎると言うか。
少し汗をかいた掌を浴衣で拭い、かき氷を口に運ぶ。

「阿近」
「何だ」
「美味しいですか」
「お前のと同じだ」
「え?」

どうやら彼女は知らないらしい。

「かき氷の蜜はどれも同じ味だ。着色料と香料が違うだけだ」
「……嘘です」
「嘘じゃねーよ」

彼女は驚いているようで、それがおかしくて思わず笑いが零れる。
すると、今度は彼女がくすりと笑う。

「阿近の舌、緑です」
「…お前もだろ」
「赤くなっていますか」

彼女が舌をちろりと出す。
そんな仕草を見たことはなくて、少し驚く。
よく見れば、その小さな唇まで少し赤く染まっている。

「……早く食えよ、溶けるぞ」
「はい」

蜜が甘ったるくて、眉間に皺が寄った。

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