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 いつか想い出の片隅で(02)


かき氷を食べ終わる頃に、局長が色々抱えて戻って来た。

「いやぁ、どれも美味しそうで選びきれなくて」

こんなに食べられるわけないだろう、全くこの人は。

「腹ごしらえをしたら、回りましょうか」
「はい」

たこ焼きやら焼きそばやらを食べて、長椅子から腰を上げ、大通りに戻る。
勿論全部食べ切れなくて、局長がいくつか袋を下げている。

「あれなんてどうっスか?」

局長が指したのは、射的だった。
射的と言っても、割箸で作った玩具に輪ゴムを引っ掛けて飛ばすと言う子供の遊びだ。

「離せよ」
「…そうですね」

局長の言ったことを馬鹿みたいに守る彼女は、俺が一々言わないと離さない。
面倒くさい。

「阿近が出来るなんて、意外です」

的に殆ど当てた俺に、彼女が少し驚いたように言う。(因みに彼女は全て的に命中させた。むかつく)

「悪かったな」

簡素な作りのそれを、どうしたらもっと輪ゴムが飛ぶようになるか考えているところに、局長がそれを読んだように「行きましょう」と言う。

その後も色々屋台を回って、局長はえらく楽しそうにしていた。
水風船釣りも、金魚掬いも、輪投げも、局長が一番楽しんでいたと思う。
それを見て彼女は笑っていて、俺はそれを眺めていた。
初めて行った夏祭りとやらは、騒がしく眩しく、予想通り俺の性には合わないものだった。
暑苦しい中で唯一つ、手の中の彼女のそれだけが、ひんやりと冷たかった。

「浦原隊長、連れて行って下さってどうもありがとうございました。とても楽しかったです」
「いえいえ良いんスよ。周サンは礼儀正しい良い子っスねぇ」

彼女の頭を撫でてへらりと笑い、局長は技局に少し顔を出すと言って俺と彼女を隊舎まで送ると、行ってしまった。
因みに、十二番隊に預けられている間、彼女は俺が寝起きしている部屋で一緒に寝ている。
非常に不本意だ。

「やれやれ」
「楽しくなかったですか」
「……お前はどうなんだよ」
「とても楽しかったですよ」

彼女は笑う。
嘘を吐いているようには聞こえない、見えない。
彼女は、局長が自分を楽しませようとしたことを分かっている。
局長が楽しんでいるのも見ている。
勿論、自分自身も楽しんでいたのかもしれないが、多分、それ等のことを総じて楽しいと言っているのだ。
大抵の人間は、自分を中心に世界が回っているが、彼女の場合、多分、荻野隊長と周囲の人間を中心に回っているのではないかと思う。
出身地区の所為なのか、性格の所為なのかは知らないが、やはりガキらしくないガキである。

「おい」
「はい」
「いい加減離せよ」

隊舎の部屋に帰って来た今も、彼女は俺の手を握ったままだ。
もう片手には輪ゴムの付いた水風船を持っている。
局長が離すなと言ったのは、夏祭りの通りを歩いている間だと言うことを分かっていないのか。

「聞いてんのか」

彼女は、水風船を持った方の手を見て、それから繋がれた手を見て、口を開く。

「初めて、誰かと手を繋ぎました」

そう言えば、荻野隊長と彼女が手を繋いでいるところは見たことがないかもしれない。
しっかり見ているわけではないから、はっきり覚えているわけではないが。

「阿近は、ありますか」
「ねーよ」
「嫌ですか」
「……別に嫌とは言ってねーよ」

そう答えれば、彼女がにっこり笑う。

「良いものですね」

彼女がいた流魂街がどんなところか詳しくは知らないが、此処より酷い場所だと言うことくらいは分かる。
俺のいた場所は、彼女のいた場所よりはましだっただろうが、此処よりは酷い場所だった。
こんな風に新品の浴衣を着て、誰かと夏祭りに行ったり、甘い蜜のかかったかき氷を食べたり、誰かと手を繋ぐことになるなんて、あそこにいた頃は思いもしなかっただろう。
多分、彼女も同じだ。

「阿近も、そう思いませんか」

俺は着られればぼろ切れだろうが構わないし、あんな騒がしくて暑苦しい夏祭りに行きたいと思ったこともないし、甘いものも好きではないし、手を繋ぐことに憧れていたわけでもない。
どれも俺には興味のないことで、手を繋ぐとなれば相手に歩みを合わせなければならないし、そんな面倒くさいことは嫌いだ。

「……さぁな」

けれど、新品の浴衣の感触を、あの騒がしさを、眩しさを、暑苦しさを、甘ったるさを。
この手の冷たさを、柔らかさを、俺は多分、一生忘れないと思う。



いつか想い出の片隅で



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