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 未熟な太陽のその真下(02)


「ここ、持ってろ」

何度目になるか分からない溜息を吐いて、彼女に絡まり合った部分を持たせ、鋏で蔓を切った。

「少し行った先に木が開けた場所がある。行くぞ」

鋏を仕舞い、彼女の返事を待たずに歩き出す。
彼女は何を聞くこともなく、後ろをついて来た。

「座れ」

木々が開けた其処は、遮るものがない為に太陽の光が直に届く。
暗闇に慣れた目にはひどく眩しい。
背負っていた籠を降ろし、彼女を切り株に座らせる。(因みに彼女の籠の中の茸は、全て正しいものだった。むかつく)
蔓が絡まったままの髪を掴み、絡まり合った部分から蔓だけを抜き取る。
勿論簡単じゃない、何分もかかった。

「櫛持ってるか」
「…はい」

彼女は懐から、子供用の小さなつげ櫛を取り出した。
それを受け取り、絡まった部分の毛先から、少しずつ解すように櫛を通す。
痛いだろうに、彼女は何も言わずに唯見ていた。
彼女の髪の毛は、柔らかく、真っ直ぐで、洗髪剤なのか、花のような香りがした。
陽の光に反射してきらきら光っては、俺は目を細めた。

どれくらいそうしていただろう、漸く絡まりが解けた頃には、俺の額にはじっとりと汗が滲んでいた。
絡まっていた髪の毛は、あちこちに折れたり曲がったりしているが、洗えば元に戻るだろう。
櫛を返せば、彼女は嬉しそうに笑う。

「お手数をお掛けして、すみません」
「気を付けろ、二度とこんな面倒くせーことはごめんだ」

籠を背負い直し、歩き出す。

「阿近は、手先がとても器用ですね」
「行くぞ。お前の所為で随分時間を無駄にした」

後ろを付いてくる彼女は、いつもの笑みだが、心なしか嬉しそうに見える。

「そんなに大事なものなのか」

取った茸を籠に投げ入れながら、何となしに聞いた。

「え?」
「髪」

俺には、彼女のように大切だと思えるものも言えるものもない。
それをどう思うわけでもなく、ないことが当たり前で、欲しいとも思わない。

「はい」

女である彼女は、髪の毛が大切だと思うのだろう。
もし仮に自分が女に生まれていたとしても、多分そんなものには執着しないと思う。

「これがなくなったら、見付けてもらえなくなるかもしれません」

茸に伸ばした手が、止まる。
その言葉が理解出来ずに、頭の中で復唱して、咀嚼する。
ああ、そうか。

彼女の髪の毛は、その銀色は、よく目立つ。
その髪の色で荻野隊長が自分を見付けたのだと、彼女は思っているのだろう。
よく知らないが、実際にそうなのかもしれない。
けれど、多分あの人は、

「そんなものなくても、荻野隊長はお前を見付けてたさ」

あの人は、容姿の珍しさから彼女を見付けたわけじゃないと思う。
本人に聞いたわけでもないし、聞こうとも思わないが、それでも、多分そうだと思う。

持っていた茸を、籠に投げ入れる。
彼女がどんな表情をしているかは、分からないし、見ようとも思わない。
唯、視界の端はやはり眩しい。
こんなに眩しく光る彼女を、あの人が見失うわけがない。

「阿近も、ですか」
「は?」
「だって貴方は、私を見付けてくれました」

薄暗い森の中、そう言って笑う彼女は、まるで闇に浮かぶ月のようだ。
生暖かい風に揺れる銀色が、きらきらして、彼女の香りが鼻に入ってくる。
澄んだ葡萄色には、多分、俺が映っている。

「…偶然だ」

どんなに遠くにいようとも、暗かろうとも、見失うわけがない。
根拠はない。
実験もしてない、結果もない。
だけど、分かる。
それがどうしてかは、分からないけれど。

「阿近」

根拠がないことは嫌いだ。
彼女といると、彼女がいると、それが多い。
そればっかりだ。
俺の頭を、心臓がある辺りを、こうして訳の分からないもので一杯にする。
だから一緒にいるのは嫌なんだ。

「ありがとう」

根拠がないことは嫌いだ。
この訳の分からないものが何なのか、いつか成長すれば、ガキじゃなくなれば、分かる時がくるのだろうか。



未熟な太陽のその真下



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