「白哉坊に会わせたい者がおってのう」
祖父さまが留守の間に、またしても許可もなく屋敷に入り込んだ化け猫――四楓院夜一が突然連れて来たのは、これまで見たことのない色彩の者だった。
「ほれ、この娘じゃ」
奴に促されて少し後ろから出て来たのは、眩しい程に真っ白な少女。
奴とは正反対の色彩に、思わず目を細める。
輝く白銀の長い髪に、雪のような白皙、葡萄色の瞳を細めて微笑み、不思議な雰囲気を纏っている。
死覇装を着ていると言うことは死神か?
否、こんな子供がまさか。
人間で言えば十歳にも満たない、私より歳下だ。
雰囲気からして貴族の娘だと察するが、こんな少女見たことがない。
どこの家の者だ…?
「お初にお目にかかります。荻野周と申します」
深々と頭を下げた少女の名に、聞き覚えがあった。
「荻野?十番隊の隊長と同じ名か」
「そうじゃ。お主にも前に話したことがあったじゃろう、荻野隊長が拾って来たのがこの周じゃ」
奴が以前話していたのはこの娘のことか。
流魂街の者を、しかも流魂街の中でも一番忌み嫌われている北八十地区、更木から来た者を屋敷に連れてくる等、やはり無礼千万極まりない奴。
「白哉坊、お主も自己紹介せぬか」
「貴様、誰の許可を得てこの朽木邸に流魂街の者を連れて来ている」
大体貴様がいることさえ気に入らないと言うのに。
「当主の許可なら取ったぞ」
「何?」
「お主の稽古相手に丁度良いと思ってな。是非にと蒼純も申しておったぞ」
祖父さまと父上が?
相変わらず父上を呼び捨てることよりも、祖父さまと父上がこんな何処の馬の骨とも分からない流魂街の者と稽古をするよう仰られていたことに、衝撃を受ける。
「流魂街出身者だからと甘く見るとは、お主もまだまだじゃのう。身体はまだ追い付いておらぬがお主と変わらん歳じゃぞ」
「歳等どうでも良いわ!」
「周は九十年前に入隊して三席じゃ。お主が手こずっておる始解は入隊する五年も前に習得しておる」
「何…?」
そんな筈はない。
同じ歳の頃の私を差し置いて、流魂街の者が始解を習得している等、笑えない冗談だ。
しかも三席だと?
副隊長である父上の一つ下の席次を、流魂街から拾われたこんな子供が?
名を名乗ってから一言も口を利かず、微笑んだままの少女をじっと見る。
刀を握られるようには見えない華奢な身体から、とても九十年前から死神をしているとは思えない。
そして肝心な霊圧も、僅かにしか感じられない。
三席に就いていると言うことも、始解を習得していることも、勿論信じ難い。
大体化け猫の息のかかった者等、浦原喜助然り、碌な者ではないのだ。
「解せぬ顔をしとるのう、白哉坊」
「当然だ!第一貴様の言葉等信用に足らぬ」
「ならば直接、自分で確かめてみれば良い」
「良いだろう、私が自らの目で判断する」
「どちらが鬼でしょうか」
少女が久々に口を利いたかと思えば、まるで今日の天気でも尋ねるかのような口調だった。
「何だと?」
「鬼ごとをされるのでしたら、鬼を決めましょう」
「鬼ごと等誰が…」
「白哉坊が鬼じゃ」
奴がそう言い終わるや否や、少女の姿が消えた。
「なっ…!」
「早く追わぬか、始まっておるぞ」
「ぐっ…」
貴様!と叫びたいところだが、やむを得ない。
勝手に始められたからと言って、朽木家次期当主があんな少女に負ける等あり得ない。
「儂と周の勝負と言えば鬼ごとじゃ」
遠くで奴の声が聞こえた。
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