「…!」
知った霊圧が近付いてくるのを感じて、彼女を離す。
「隊長?」
彼女は俺が身体を離したことに、少し驚いているようだった。
「もしかして、」
言いかけたところで、玄関の鍵が開いた。
入って来たそれは、台所に何かを置くと、足音もなくこちらに歩いて来て俺を素通りし、何の躊躇もなく彼女を後ろから抱き締めた。
「なっ…!」
「おかえりなさい、止水」
嫌がることも抵抗することもせず、回された腕に頬を寄せ、うっとりと瞼を閉じる。
「来ておったのか、小童」
片目だけ開けて俺を一瞥すると、こちらもうっとりと彼女の髪に頬を寄せる。
彼女の斬魄刀、明鏡止水だった。
相変わらず、常軌を逸した距離感で、全く理解が出来ない。
「っ!お前離れろ!患部が痛むだろうが!」
はっと思い出して言えば、止水が鼻で笑う。
「貴様と私は違うのだ」
「止水は斬魄刀ですから、人肌とは違いますし、こうしていると冷たくて、その…」
――気持ち良くて。
頬を染めながら彼女が言って、止水が勝ち誇ったように俺を見る。
こめかみ辺りでびきっと音がした。
彼女の自室が外よりも湿度が低かったことから、もしかして、とは思っていた。
高い湿度は患部を化膿させる恐れがある。
定期的に力を使うより、こうして常時具象化している方が楽なのだとか。
そうしなくてもこの男は、彼女を心配して勝手に出てくるだろうが。
「四六時中こんなことしてんのかよ」
「いえ、お手洗いの時は流石に」
「当たり前だ!」
斬魄刀のことになると、彼女はいつもどこかずれている。
「煩い奴だ」
「…ちょっと待て、厠以外って言ったな。まさか風呂は」
「止水に手伝ってもらっています」
「患部に水をかけるなと阿近に言われたので」と平然と答える彼女に、
「当然のことだ」
と、彼女の髪を愛おしむように撫でる。
またこめかみでびきびきっと音がした。
悔しいが、相変わらずとても似合いで、それが更に怒りを増長させる。
しかし久々に止水を見て、男の姿になった彼女に酷似していると、改めて思う。
二人並んでいるとまるで双子だ。
「私は周の姿が映っているだけだからな」
「そんなことも分からぬのか」と、俺が触れることの出来ない彼女の肩を撫でながら、薄ら笑う。
「止水、」
相変わらず咎められてもどこ吹く風だ。
お前ももっと強く言え!
「明鏡止水は水ですから、本来色も形もありません。始解の際白銀に変わるのは、私の色が映っている為です。具象化の容姿も同じです」
だから、髪が短くなった彼女と同じく、止水の髪も短くなったのだ。
「そうか」
斬魄刀と分かってはいても、彼女の男の姿を一度見ている為、二人が密着しているとおかしな気持ちにさせられる。
「取り敢えず、俺の前でいちゃつくな」
「いちゃ…?」
「このように睦み合うなと言っているのだ。要は嫉妬だ、周」
言葉の意味が分からず首を傾げる彼女の顎に手を添えて、白い頬に唇を落とす。
「てめぇ、離れろ」
「私を貴様達のようなその辺の男と一緒にするな。飽きもせず此処へ来るあの者達を貴様の代わりに私が追い払ってやっているのだ、感謝される覚えはあっても怒りを向けられる覚えはない」
「し、止水、」
「何だと?」
「檜佐木と、荻堂とか言ったか。三日も開けず来ては周に会わせろとうるさいのだ」
「あいつら…」
わなわなと震える拳を握ると、彼女がおろおろと俺と止水を交互に見る。
「お前もそう言うことは言えよ」
「す、すみません。実際にはお会いしなかったので…」
「そう言う問題じゃねぇ」
「俺が知っていたいんだ」と、彼女の頬に手を伸ばす。
が、ばしりとその手を叩かれる。
「止水!隊長、申し訳ありません」
お約束のような展開に、溜息が漏れる。
ふと、診察の為に来ているであろう阿近はどうしているのか気になれば、
「阿近…彼奴は…」
ぐぬぬ、と珍しく、止水が拳を握って怒りを露わにする。
「周の為に仕方なく…仕方ないのだ」
阿近のことは他の男と同じように気に入らないが、彼女の為に甘んじて受け入れているらしい。
「受け入れて等おらぬ!」
拳を振るわせ、かっ!と目を見開いていて、憎らしくて堪らないのが伝わってくる。
「あの男は、治療の名目で周を弱みにつけ込み、実験だ何だのと周の身体を良いように扱って玩具にしている。昔から無礼で生意気で変態の、とんでもない奴だ!」
思わず吹き出すと、彼女が驚いて、止水がきっ、と俺を睨む。
そっくり同じことを思っていたのがおかしくて笑えば、
「貴様と私を一緒にするな」
とまた言われる。
むぅ、と唇を尖らせて、子供のように彼女の髪に顔を埋める。
これは当分、彼女に触れる機会はないらしい。
さっきのあれが最後、次はいつになることやら。
「次等ない。私だけで良い」
「今だけ譲ってやるよ」
俺と止水の会話の意味が分からず、彼女が不思議そうにする。
「今日は帰る」
「はい、ありがとうございました」
玄関先まで彼女が出て来て、頭を下げる。
止水は買い出しで買って来たものを冷蔵庫に入れている。
「全部止水にやらせて、ゆっくり休め」
「はい」
彼女が笑う。
「周」
手首を掴んで軽く引っ張り、素早く唇に触れた。
「完治したら、覚えてろよ」
一瞬驚いていたが、すぐに言葉の意味を理解したらしい。
「はい」
頬を染めて、彼女はにっこり笑った。
すべて熱は薄氷の下
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