「出て行ったぞ」
日番谷隊長の霊圧が技局を出たことを確認して、そう言えば、彼女は糸が切れたように膝を突いた。
「…ありがとうございます」
早々にあの人を追い出したことは正解だったらしい。
「さっさと試せ。そのままじゃどうにも出来ねぇぞ」
側に置いた斬魄刀を震える手で取り、柄を握る。
それだけでも痛むらしく、肩で息をしている。
彼女が霊圧を高めると、傷がじゅっと音を立てた。
肉が焼ける臭いだ。
「うっ…っ、」
堪えられず呻くが、先程から顔を伏せたまま、上げようとはしない。
「天水…満ちて、月宿る――明鏡止水」
震える声で解号を唱え、始解した。
白銀のそれに、肩から滴り落ちた血液がぽた、と落ちる。
「くっ、あ……っ、」
苦しみ、時折呻きながら、彼女は肩と背中の霊圧を溶解した。
その間も、決して顔を上げることはしなかった。
これを見せたくなくて、こんな姿を見せたくなくて、彼女はあの人の前では試さなかったのだ。
「溶液は全部ここに入れろ」
彼女が全快ではない為、全ての霊圧は溶解出来なかったが、何とか患部に触れられるくらいにはなった。
「ちっ、相変わらず刺しにくい腕だぜ」
「貴方には…病人を労る気持ちが、ないのですか」
「憎まれ口が叩けるなら大したことねぇな」
顔を伏せてはいるが、彼女が小さく笑った気がした。
「抗生剤を入れる。火傷の大敵は感染症だ。無菌室に入れ」
「はい」
面会謝絶と知って、彼女は安心しているように見えた。
傷を、苦しむ姿を見せたくないのだろう。
「日番谷隊長には俺から連絡を入れておく」
「宜しくお願いします」
壊死した皮膚を剥がし、彼女の健康な細胞と開発中の細胞を移植し、薬を塗布する。
敷布を握り、声を押し殺し、彼女は耐えた。
あの人はいないのだから、痛いと言えば良いのに、叫べば良いのに、彼女は一言も泣き言を言うことはなかった。
まったく強情な奴だ。
昔から、幼い頃からずっと変わらない。
任務や鍛錬で負傷しても、局長の実験で苦しんでも、彼女の口から泣き言を聞いたことは一度もなかった。
痛くとも、苦しくとも、悲しくとも、辛くとも、涙一粒すら溢すことなく、微笑みを湛えたまま只管耐える。
彼女がそうしたいなら、そうすれば良い。
でも、俺は。
全く損な役回りだ。
彼女の治療だの、検査だの、実験だの。
負傷して、無くして、苦しんで、そんなところばかりを見なくてはならない俺の気持ちを、お前は何にも分っちゃいない。
寧ろ自らそれを見せに来るものだから、質が悪いにも程がある。
だが、あの人の前では見せず、俺の前でなら見せられると言うのなら。
俺の前では少しでも苦しむことが出来るのなら。
その損な役回りも甘んじて受け入れよう。
お前は、俺が望めば何だってすると言った。
それは逆だ、周。
お前が望むのなら、俺は。
すべて熱は薄氷の下
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