「阿近、同時にHからK、四体解放したまえ」
「四体ですか?」
一気に四体も解放したことはない。
それに、四体解放すると言うことは、合計十体になる。
あいつは捌き切れるのか?
「残りは試作品ですよ。それに、結界が壊れるかもしれません」
「また作れば良い話だ。そんなことより今はあの娘の反応と数値が見たいネ。娘に一々教えるんじゃないヨ」
また局長の癖が出始めた。
まあ、どうにかなるだろう…多分。
それに俺自身も、好奇心に逆らえない。
「…分かりました」
言われた通り、彼女には教えず、一気に四体を解放する。
彼女がそれを感知した瞬間、霊圧の数値が跳ね上がり、結界から火花が噴き出た。
彼女の肌は、今や燃えるように発光している。
溢れ出す霊圧で、風もないのに結われた髪が舞い上がる。
彼女は、十体の義骸を相手にどう戦うのか。
「っ……」
次々に攻撃を仕掛ける自身の義骸に、彼女は、珍しく斬魄刀を大きく振り被る。
そして、一気に振った。
瞬間、爆発し、結界が弾け飛んだ。
「くそっ…あの馬鹿!…記録は無事だろうな」
当然俺も吹き飛ばされて、ぶつけた腰がじんじん痛む。
煙の中、慌てて確認すると、記録はしっかり取れ、破損もない。
「ふむ、面白い。これはまだ成長するネ。飽きない娘だヨ」
何故か全く被害を受けてないと思われる局長は、にやりと笑うと、実験室を後にする。
後始末は勿論、毎回俺の仕事だ。
「全部壊しやがって」
勿論結界は壊れ、溜まっていた電力も放電してしまった。
十体の義骸は真っ二つのものもあれば、霊圧で燃えているものもあり、もう使い物にならない状態だった。
彼女はあの時、霊圧も一緒に放出したらしい。
普段は霊圧を昇圧剤にしている為大きく振りかぶる必要はないが、これだけの数を一気に叩く為に、振りかぶり更に威力を付けたようだ。
「周」
仰向けに寝転がる彼女は、肩で息をして、辛うじて意識を保っているような状態だった。
先程まで赤く発光していた肌は、褐色に変わっている。
勿論、死覇装はとっくに燃え尽きていた。
「手間ばかりかけさせやがって」
何で俺がこんなこと。
抱き起こして死覇装を着せ、腰紐を結ぶ前に怪我をしている箇所に軟膏を塗る。
同じ能力、仕様を持つ義骸相手に、流石に無傷とはいかない。
「あこん…どうでしたか…?」
「伸びてた。持続時間も、霊圧の最大数値もな」
答えると、彼女は嬉しそうに笑い、意識を飛ばした。
「お陰で、結界も義骸も全部ぶっ壊れたけどな」
嫌味も、もう彼女には聞こえていない。
一番酷く抉れている二の腕は、いくら俺の手製軟膏を塗ったとしても、治るまでに二、三日はかかるだろう。
身体の傷に軟膏を塗り終わり、腰紐を結ぶ。
顔を見れば、頬も数箇所切れている。
軟膏を手に取り、彼女の頬に塗り込む。
じゅっと音を立てて、傷がゆっくりと塞がっていく。
「これ以上強くなって、お前はどうしたいんだよ……」
彼女の答えなんて、分かっている。
分かっていても、俺は。
例えば彼女が並みの霊力しかなく、席官ですらなかったとしても。
それでも、きっと同じだ。
俺も、あの人も。
馬鹿みたいで、嫌になる。
「…くそっ」
分かってはいたものの、彼女を背負うとそれは一層膨らんで、俺の胸を掻きむしる。
「貴方が望めば、私は何だってするのに」
俺の望みを知った時、彼女は何と言うだろう。
どんな顔をするのか。
世界が引っくり返ったしても現実にならないことを想像して、自分で自分を傷付ける。
「全部お前の所為だ、周」
悪態を吐きながらも、俺の足はあの人のところを目指す。
彼女が望む所へ、望む人のところへ。
嫌いになることが出来たら、どれだけ楽だろうかと思う。
けれどそれも、世界が引っくり返ったしても現実になりはしないことだと、俺はよく分かっている。
少しだけ切ない甘さを飲みほして
前 / 戻る / 次