雪解け(過去・番外・後日談等) | ナノ
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 融かされていく、溶けていく


息苦しさを覚えて、目が覚めた。

「……!」

身体が、元に戻っていた。
つまり、男から女に。
女から男になる時は苦しさと痛みを伴ったが、元に戻る時は随分と楽だった。
彼の前で苦しんでは心配をかけてしまうだろうから、楽に元に戻れたことに安堵する。

隣の彼は眠っている。
その寝顔に微笑んで、寒さを感じて、気が付く。
胸元が肌蹴、肩まで抜けそうになっている。
大人の男性用の浴衣を着ていることを忘れていた。
そっと布団から抜け出し、着替える。
男の姿の時、何の違和感もなかったけれど、戻ってみると、やはり元の身体がしっくりくる。

伝令神機を見れば、まだ起きる時間より一時間も早い。
静かに布団に入って、彼の掛け布団をかけ直そうとすると、彼がゆっくりと瞼を開けた。

「すみません。起こしてしまいましたか」

もしかしたら、身体が元に戻る時に霊圧が乱れたりして、彼も何らかの異変を感じたのかもしれない。

「…身体、戻ったのか」

掠れた声で、彼が聞く。

「はい、先程。ご心配をおかけしました」
「まったくだ」
「すみません」

突然男になって、さぞかし驚かせて心配をかけただろう。
最近、涅隊長との契約に、彼を巻き込み過ぎている気がする。
きっと彼は、寧ろ巻き込めば良いと言ってくれるだろうけれど。

「男だった時の記憶、あるのかよ」
「は、――!!」

何の躊躇いもなく頷こうとして、一瞬にして数時間前の記憶が駆け抜けて、咄嗟に顔を掌で覆う。

「っ……」

男になっていた時の記憶は、全てある。
けれど、男になっている間、身体だけでく思考までもがいつもと違うようだった。
ごく自然に、当たり前に、いつもとは違う思考だった。
あれは、所謂本能なのだろつか。
だとしたら、男と女のそれは違うのだろう。
あの時は何とも思わなかったけれど、女に戻った今、思い出して、顔から火が出そうな程恥ずかしい。

「どうした」

多分、私が思い出して恥ずかしくなっていることを、彼は分かっている。
何となく、そんな声だ。

「す、すみせんでした…。色々と、その、ご無礼を……」
「何が無礼なんだよ」

絶対に、彼は分かっている。

「こっち見ろよ」

彼の手が、私の手に触れる。

「顔、見せろ」

そう言って、優しく掴まれて、抵抗も出来ずに手を引っ込める。
恥ずかしくて、恥ずかしくて、彼の顔をまともに見ることが出来ない。

「で、無礼なことって何だ?」

彼にしては珍しく、同じことを聞いた。
きっと、笑っている。
にやりと、普段あまりしない不敵な笑みを浮かべているに違いない。

「…い、色々と、です」

しどろもどろに答えると、彼が起き上がり、私の顔の横に手を付いた。
もう片方の手で私の顎を捕まえて、自分の方に向かせる。
恐る恐る彼と視線を合わせると、やはり笑っていた。

「こんな風に、俺に迫ったことか?」
「っ、」

恥ずかしい。

「俺に触れたくて、滅茶苦茶にしたい、とか言ってたな」

熱かった顔が、更に熱くなっていく。
穴があったら入りたい。
こんなに恥ずかしいことを、よくも出来た、言えたものだと思う。
――でも、

「…ず、」
「ず?」
「狡い、です」

私の言葉が予想外だったのか、彼は驚く。

「…あの時、あんなに恥ずかしがっていらっしゃったのに」
「なっ…!」

図星なのか、彼の表情が変わる。
あんなに恥ずかしがっていたのに、私が女に戻った途端、逆転して、意地悪なことを言って。

「私が触れたら、緊張して、動揺して、混乱して、顔を真っ赤にされて、」
「分かった、もうやめてくれ」

彼も思い出して、恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして、私の言葉を遮る。

「…でも、とても可愛かったです」
「…可愛いとか言うな」

居心地悪そうに、頭を掻いて、ぼそりと呟く。
そんな彼がとても可愛い。
色々恥ずかしいことをしてしまったけれど、あんなに可愛い彼の一面を見ることが出来て、男になって良かったと思う。

「まあでも、俺はこっちの方が性に合ってる」

何が?と思った時には、彼の唇が触れていた。

「周……」

口付けの合間に囁かれたそれに、胸がきゅっとなる。
角度を変えて、次第に深くなって、苦しくなって彼の襟元を握れば、彼の手が私の手を掴む。
指の間に指を差し込んで、指が一本一本絡ませるように、彼は繋ぐ。
それが妙にいやらしく、どきどきして、身体が熱くなるのを感じる。

「っ……んん」

頬の内側、上顎、舌の裏までも、丹念に舐めて、舌を甘く吸い、優しく噛む。
数時前、私がしたような、丁寧で執拗な口付けに、頭がくらくらする。
自分がしたことを思い出し、そして今彼にされていることに、ひどく興奮している自分がいる。

「はっ……、」

彼の唇が離れていって、唾液が糸を引いて唇へ伝う。
それを彼は、その赤い舌でぺろりと舐めあげた。

「っ……」

顔を上げた彼の余裕のない表情に、胸がどきんと跳ねる。

「俺の気持ちが分かったかよ」

私もとんでもないことを言ったけれど、それは彼も同じだ。
けれど、彼だけでも、男だった私だけでもない。

「周…?」

彼の頬に手を伸ばした私を、彼が窺う。

「余裕がないのは、私も同じです」

私の言葉に、彼は目を見開いて、それから唇の端を持ち上げる。
その表情に、甘い痺れが身体を走る。
瞼を閉じて、降ってくるその唇を待った。



融かされていく、溶けていく



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