君の恋は分かりにくい
「あ、あの、周さん!」
「はい」
「え、っと、い、い、一緒に、帰りませんか?あ、いや、おく、送っていきます!」
盛大にどもって噛んだ俺に、彼女は「ふふふ」と笑い、それからにっこり笑って、
「はい。お願いします」
と言った。
「思ったよりも早く終わりましたね」
「は、はい」
定時後に行われた副隊長会議の帰り、互いに残業はないと分かり、彼女に声をかけた。(彼女は二日酔いの乱菊さんの代わりに出席した)
まだ空は茜色だ。
飯でも誘おうか、いや、彼女は普段忙しいのだから、そのまま送り届けたほうが良いだろうか。
いや、ここで誘わないとか男じゃないだろう。
いや、でも。
「副隊長?」
「え?あ、はい」
「どうかされましたか?」
彼女の綺麗な顔が、俺を窺っている。
ああ勿体ない、折角彼女といるのだから、彼女のことだけ見ていれば良いのに。
「や、いえ、何でもないっす」
ぶんぶん首を横に振ると、彼女はまた小さく笑う。
ああ、綺麗だなぁ。
荻野周さん――俺の好きな人。
入隊当時に一目惚れして、それからずっと只管好きな人。
すごく、ものすごく好きな、俺の恋人。
「私の顔に何か付いていますか?」
「いや、すいません、つい」
恋人――口の中で呟いて、顔が緩む。
片想いの期間が長すぎて、正直まだ実感が湧いていない。
だってそうだろう。
十番隊三席の、誰もが憧れる周さんが俺の恋人なんて、もう夢だろ?
本当に、ずっと夢に見ていたことだ。
何十年と片思いをしてきて、何年も掛けて好意を伝え、先月漸く、彼女は俺を選んでくれた。
彼女のことになると随分と臆病になる俺は、周囲から散々呆れられながらも少しずつ、本当に少しずつ、彼女との距離を縮めてきた。
人と必要以上に関わろうとしない彼女に、前隊長を亡くしてから、ずっと一人で生きてきた彼女に、一人じゃないことを知って欲しかった。
――いや、違うな。
知って欲しいとかそんなんじゃない。
唯俺が、彼女の傍にいたかっただけだ。
誰よりも傍にいて、彼女の特別になりたかった。
「あの、周さん」
「はい」
「…えっと、良かったらその、飯でも食べて行きませんか」
「…はい、是非」
ああ、夢みたいだ。
何処の店にしようか、いつも行くような居酒屋はなしだ。
騒がしい中で彼女と食事するなんてことはしたくない。
彼女は多分、静かに食事をしたい方だろうし。
それにしても、思った以上に周囲の視線が気になる。
彼女に告白したのは先月で、その後すぐに月末を迎えた為に会う暇もなかった。
そう、今日は、恋仲になって初めての逢瀬なのだ。
だから、まさかここまで周囲に注目されるとは思っていなかった。
乱菊さんに報告したことで、一日、否、半日で護廷に広がった為に、周囲の視線や質問攻めが未だにすごい。
周さんは特に気にしていないように見えるが、俺との仲を聞かれたら、彼女は何と答えているのだろうか。
「………」
護廷を出て暫く経つが、まだ周囲の視線をひしひしと感じる。
皆、彼女を見ているのだろう。
「周さん、」
「はい」
「あの、俺ん家で飯食うのはどうですか?何か作ります」
「え?」
自分で言って、軽率なことを口走ったと慌てる。
「す、すいません!いきなり家なんて、変なこと言ってすいません」
「いいえ」
謝ると、彼女は首を横に振る。
「そんなことないです」
彼女の予想外の言葉に、下げていた視線を上げると、彼女が少し困ったように笑っていた。
「少し、視線が気になってしまって」
どうやら彼女も同じように思っていたらしい。
良かった…早速嫌われなくて。
いやちょっと待て、家に周さんを呼ぶなんて、何て大それたことしたんだよ俺。
良かれと思ってした提案だが、とんでもないことを自らした気がする。
夕飯に何を作るか相談しながら、店をいくつかはしごする。
「この昆布、すげぇ良い出汁が出るんですよ。これ使えば何作っても美味いんです」
「そうなんですか。今使っている昆布が切れたら買ってみます。楽しみです」
彼女の趣味は家事、そして俺も料理は得意な方だ。
恋仲になるまでも、こうして料理の話は沢山した。
何なら、彼女との話題作りの為に知識は更に深くなり、料理の腕も上がったというものだ。
「副隊長、お荷物お持ちします」
「いや、周さんに持たせるなんて有り得ないっす」
何と言うか、彼女は変わらない。
恋仲になる前も、なった後も、彼女はあまりにも変わらない。
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