涙雨の逢瀬 | ナノ
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穏やかな表情で、規則正しい呼吸を繰り返す彼女。
それを少し眺めた後、顔を天井に向け直し、目を閉じる。
彼女と夫婦となって、同じ寝室で床に就くようになった。
布団は二組、しかしその距離は数センチ。
いつでも、手を伸ばせば彼女に触れることが出来る距離だ。

貴族には、世継ぎが必要だ。
四楓院のように女当主を置くこともあるが、基本は男当主、朽木家は代々男当主である。
事情があるにせよ、彼女も生まれは貴族で、そのことは重々理解している筈。
四大貴族の妻となる決心をしたならば、必然的に義務となると言っても過言ではない。
しかし私と彼女は、情事は愚か、同じ布団で眠ることさえ未だにしたことがない。
家臣達の世継ぎへの期待が見て取れるが、これは私一人で成し得ることではない。
唯、これには障害――とは言いたくないが、乗り越えなければならない壁があった。

彼女は、紬は過去に、今は亡き使用人の男に強姦されている。
彼女に好意を抱き、好意を抱かれた彼女の異母姉に殺された男。
彼女の弱みを握り、彼女の立場に漬け込んで。
彼女は、あの家にいる為に、生きていく為に、犯された。
その男が今も生きていたとしたら、間違いなく殺していただろう。
それ程までに憎らしくて堪らない。
しかし皮肉なことに、あの出来事があった為に、彼女は私への気持ちを自覚したのだと言う。
もし、彼女への想いを少しでも早くに自覚し、あの家から彼女を救い出すことが出来ていれば――そう思わずにはいられない。

「し、らん…、」

その声に視線を横へ見ければ、彼女が此方を向いていた。
頼りなく小さく震える声と、潤んだ瞳。
彼女は、二人きりの時や、無意識な時、余裕のない時に私をその名で呼ぶ。

「どうした」
「……夢を、見たの」

夢を見て、恐ろしくなって目が覚めたのだとか。
彼女が布団から手を伸ばし、それを握れば、彼女は確かめるように私の手を握った。

「案ずるな、夢は夢だ」

布団の隅、彼女の方へ寄り、目尻に光る滴を指で拭う。
睫毛にかかる前髪を避けてやると、彼女はゆっくりと瞬きをする。

「昔のことを見たの……」

彼女は、母親の夢を見たのだと言う。
母親のどのような夢を見たのかは分からない。
しかし、彼女にとっての母親の夢は、恐らく幸福と呼べるものではないだろう。
宥めるように彼女の頭を撫でれば、彼女は繋がれた私の手を頬に当てた。

「このまま、眠っても良い…?」

まるで幼子のようなことを言う彼女。

「貴方の傍なら、見る夢もきっと貴方のものだわ」

そんなことを言うものだから、堪らなくなって彼女を引き寄せる。

「温かい」

子猫のようにすり寄り、微笑む彼女。
薄い夜着は、彼女の体温を優しく伝える。
まるで小動物のようだ、と思うが、彼女と密着したことにより、離れていては分からないことに気が付き、意識が向いてしまう。
甘く優しい香り、温かな身体、穏やかな霊圧、白く滑らかな首筋、呼吸と一緒に上下する胸元――目の前にある彼女の全てに、抑えていたものがじわじわと溢れ出す。

「朝までこうしていてくれる?」
「…否とは言わぬ」

「良かった」と、彼女は微笑み瞼を閉じた。


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