小さく微笑むその唇に、吸い込まれるように口付ける。
一度してしまえば、止めようとすることはとても難しい。
柔らかくふっくらとしたそれは、まるで理性の鎖を解いていくようで。
そっと顎を持ち上げて、角度を変えてまた重ねる。
少し離して、また重ねれば、腰を抱く手に自然と力がこもる。
彼女が自身の襟元をきゅっと握って、その唇から漏れた吐息に、身体が熱くなるのを感じる。
彼女の逃げようとするそれに自身の舌を絡ませて、柔らかいそれを優しく噛み、甘く吸い、酸素を求めて彼女が口を開き、すぐにまた重ねて、求める。
薄く目を開ければ、少し苦しそうに眉根を寄せて目を瞑る彼女が視界一杯に入る。
「ん……」
その甘い声に、理性も何もかも、砕けて散りそうになる。
それをどうにか保ちつつ、彼女の細い体をゆっくりと撫でる。
柔らかく丸みを帯びた身体、腰に触れれば、襟元を握る彼女の手に更に力がこもるのを感じる。
唇を離せば、彼女の潤んだ瞳と合った。
自身を見上げるその表情が堪らなく扇情的で、自身の中心が更に熱を帯びていく。
彼女の頬にかかった髪をかき上げ、小さな耳に口付ける。
「んんっ……」
首筋を滑るように辿れば、彼女の身体が小さく震える。
甘い香りに誘われるように彼女の肩口に顔を埋め、首筋に甘く噛みつく。
「あっ…!」
冷静を保とうと、しかしもう我慢が出来なくなって、彼女の半幅を解く。
唇を重ねながら、更に腰紐を解いて、襟を開こうとした――が、それが叶わない。
唇を離し、少し冷静になって彼女を見れば、片方の手で自身の襟を握り、もう片方の手で彼女自身の両襟の胸元を閉じるように握っている。
その手は、震えていた。
自身の欲に溺れて、気が付かなかった。
「紬」
名を呼べば、小さく震えながら、ゆっくりと顔を上げる。
先程自身が拭った目尻には、また滴が光っていて、瞬きをすればぽろぽろと零れた。
「ごめ…なさ…、っ……」
言葉と共に、また涙が零れる。
自身の襟を握る彼女の手を取り、離させようとするが、外れない。
強く握り過ぎて、指が固まっているらしい。
優しく包んで、撫でて、指一本ずつ外していけば、漸く離れて、その手はやはり小刻みに震えている。
「私が怖いか」
彼女は首を横に振る。
「ちが、違うの、違うのよ……」
その声は、可哀想な程に弱々しくて、同情よりも怒りが湧いてくる。
彼女を犯したあの使用人の男に。
いつかはしなくてはならないこと、しかし、彼女の同意なしに、彼女の気持ちを無視してまでしたくはなかった。
彼女が私を求めて、初めて成し得ることだと思う。
「無理をさせてすまなかった」
私達の寿命は長い。
焦る必要はないのだ。
彼女に触れないよう、半幅と腰紐を拾い上げて渡せば、彼女がその手を握る。
「ちがうの、」
涙を零しながら、眉を下げて彼女が言うものだから、思わず抱き締めてしまう。
「貴方が怖いわけではないの」
彼女は拒絶することはしなかった。
「どうしても……思い出してしまうの」
それは、使用人だった男のことだろう。
「忘れたいのに、消えなくて、」
ずっと言えなかったことを吐き出すように、彼女は言った。
「あの時の…表情も、手の感触も、痛みも、声も、息も…全部……消えなくて」
怒りと憎しみを耐えるように、彼女を抱き締める腕に力をこめる。
「だから…消して。紫蘭、貴方しか思い出せなくなるくらいに……全部」
その言葉に驚いて、身体を離せば、彼女は未だ頬を涙で濡らしていて、しかしぎこちなく微笑んでいる。
手が伸びて、その手が自身の襟元をそっと撫でる。
「白哉、私を貴方で満たして」
激情が、溢れる。
どうしようもなく、抑えることも出来ずに。
愛しくて、愛おしすぎて、どうしようもなく愛しくて。
「何もかも、全部」
ああ、何もかもを消してやろう。
その時の記憶も、感触も、痛みも、過去の不幸も全部、全部。
「紬」
小刻みに震える唇に口付ければ、彼女の腕がそろりと背中に回る。
「忘れさせてやる。私しか思い出せぬよう、何もかも、全て」
他の男が理由で泣くことも、傷付いて泣くことも、不幸に苛まれて泣くことも、二度とさせはしない。
決して忘れぬように、私だけを覚えていられるように、お前に私の全てを刻もう。