涙雨の逢瀬 | ナノ
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「行ってらっしゃいませ」

彼女が微笑んで、それに頷く。

「行ってくる」

彼女の手が伸びて、隊首羽織の衿元をそっと撫でる。
少し眉を下げて、

「どうか、お気を付けて」

そう言ってまた微笑み、護廷に出勤する私を送り出す。

彼女にそれなりの霊力はあるが、死神ではない。
故にこれまで死神が何たるかすら詳しく知らなかった彼女だが、朽木家と護廷の繋がりがあることを知るなり、自ら学び、今では隊の仕組み等詳細まで知っている。
彼女は死神と言う職業が常に死と隣り合わせだと言うことを知ってから、私とルキアが護廷に向かう為に邸を出る際、いつもあのような表情をする。

彼女と夫婦となって数か月。
彼女は朽木家に馴染みつつある。
また憎まれはしないかと、不幸を与えやしないかと、不安を抱え恐怖していた、否、今でもしている彼女だが、その心中とは裏腹に、妻として、朽木家の者として、立派に務めを果たしている。
中級貴族と言えど、教養があり、聡明で、努力を惜しまない。
そんな彼女を、嫌悪する者がいるだろうか。
彼女は過去の経験から、強く在ろうと、立派で在ろうとしている。

「無理に強くいる必要はない」

そう言えば彼女は首を横に振り、無理をしてるわけではないと言う。
そして、

「貴方がいると、私は強くなれるのよ」

そう言って、微笑んだのだった。

彼女は決して強くはないが、弱いわけでもない。
それで良い。
人はそのどちらか二種類だけではないのだから。

これまで蓮華しか知らなかった私は、紬を知った。
互いに互いの過去を、経験を、求め、知り合った。
彼女は緋真の存在を知り、驚いたものの、直ぐに納得したように頷いた。
緋真を亡くした際の私を覚えているのだ。
後妻になることを、彼女は決して容易に受け入れたわけではないだろうが、それは私も同じで、生半可な気持ちで彼女へ手を伸ばしたわけではない。
彼女は、緋真のことを聞きたがる。
それが不思議で、彼女に問えば、

「勿論、羨ましいと思うわ。貴方が初めて愛した人ですもの。でも――」

彼女は私の手に自らの手を重ね、

「彼女が貴方を愛していたから。貴方が愛されていたことが、私はとても嬉しいの」

当たり前のようにそう言った彼女。
あまりにも美しく、優しかった。

花乃木家で充分な衣食住を与えられてきたと言う彼女だが、その暮らしぶりは質素なものだ。
彼女は何一つ持たずに朽木家に来た為、彼女の身の回りの物を全て揃える必要があった。
家具屋から呉服屋、普段利用している店を来させて彼女に選ばせれば、何から何まで一番安価で小さなものを選び、着物に至っては洗い替え用と合わせて二、三着で良いと言い出し、選んだものは紺や黒、目立たず暗い色ばかりだ。
着物の色に関しては、目立ちたくないと言う理由からだった。
東屋で会っていた時も、彼女は闇に同化するような色の着物が多かった。

結局、見かねた私がいくつか選び直し、着物は彼女が本当に好きな色や柄を選ばせた。
明るい色の着物を着ることに慣れず、最初は落ち着かない様子を見せていた。
恐らく彼女は、妾腹の身で選択すること等烏滸がましい等と思っていて、これまで自分自身で選択をするということを殆どしてこなかったように見える。
自分自身で好きなものを選ぶことや、自分の意見を言うこと、使用人や周囲に良い意味で構われること、これまで彼女が経験していないことが多く、慣れないこと、悩んだこともあったかもしれない。
それでも、最近では随分慣れたようで、少しずつ自己主張するということを身に着けているように見える。

これまで幾度となく理不尽に嫌悪され、憎まれてきた彼女。
彼女は、人を憎まない。
彼女の過去からするに、周囲を憎んで当然だと思うが、彼女はそうではない。
憎しみが憎しみしか生まないことを知っていて、憎むことで悲しみや苦しみが増すことを、心が痛むことを、知っている。
憎まれてきた彼女だからこそ、分かることなのかもしれない。
唯一母親のことだけは憎いと思っていたと、彼女は言ったが、彼女の中で、母親だけは特別なのだろう。
いつか、その憎しみを、苦しみを、悲しみを、彼女の中から掬い出すことが出来たら。


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