「おかえりなさいませ」
彼女に見送られ屋敷を出て、帰宅をすれば、彼女が迎えてくれる。
未だ慣れないことだ。
彼女は私が無傷であることを確認すると、眉を下げて「良かった」と微笑み、隊首羽織の衿元をそっと撫でる。
相手の衿元を撫でるのは彼女の癖で、彼女の愛情表現の一つであることを知った。
「ルキアは少し前に帰っています。稽古で沢山汗をかいたそうなので、今はお風呂に」
「そうか」
彼女とルキアはいつの間には、自分の知らぬ間に打ち解けていて、彼女はルキアを呼び捨てるようになり、ルキアは彼女を姉と呼ぶようになった。
「阿散井副隊長、どんな方なのかしら。いつかお会いしてみたいわ」
父と二人だった夕餉が自分一人になり、緋真と二人になり、そしてまた一人になり、ルキアと二人になり、彼女が来て三人になった。
「粗暴で雑なところもありますが、面倒見が良く情に厚い、信頼出来る者です。唯…」
「唯…?」
「あの風貌に、姉様は驚かれるかと思います」
「あの風貌?どんな?」
「えーと…それは――」
今後増えることがあったとしても、減ることはあって欲しくないと思う。
彼女とルキアが他愛のない会話をして笑っているのを、いつまで見ていたいと思う。
――「お話しがあるの」
夕餉を終え、私の部屋で茶を飲んでいると、彼女が唐突に言った。
彼女は普段、人前では凛としているが、二人きりになると東屋で会っていた時のような無邪気さや、気の強さを窺わせる。
「…何だ」
本から視線を上げる。
これまでこんな風に改まって言われたことがなく、少し身構える。
「――死神の術を習いたいの」
彼女の言葉に、目を見開く。
彼女の表情は真剣で、戯言を言っているわけではないだろう。
開いていた本を閉じ、彼女に向き合う。
「…理由を申せ」
「そのままの意味よ。ルキアも貴方も忙しいし…だから、他の方からでも良いから習いたいの。書物だけでは充分に理解が出来なくて…」
ルキアの霊術院時代の教科書でも読んだのだろうか。
彼女の考えていることが全く理解が出来なかった。
「朽木の家にいる限り、そのようなものは必要ない」
「そう言うと思ったわ…」
「ならば何故申した」
言えば、彼女は眉を下げる。
「どうしても駄目かしら……」
上目使いで私を見上げるが、そんなことでは屈しない。
彼女も充分に理解している筈。
「お前はこの家で果たすべきことがある筈。それだけに集中していれば良い。余計なことは考えるな」
「……はい」
少し言い過ぎたかもしれないと思いつつ、何か行動に移してからでは遅いと自身に言い聞かせる。
彼女が自身の許可なしに何かするとは思えないが、それでも念の為、釘を刺しておくべきだとやはり思う。
彼女が望むことは何でも叶えたいと思う。
しかし、これだけは認めることは出来ない。
霊力がある彼女ならば、学び鍛練をすれば霊力は高まり、術を覚えることも出来るだろう。
だからこそ、認めるわけにはいかない。
「申し訳ありません」
ルキアに問えば、彼女に頼まれて霊術院時代の教科書を貸してしまったとのことだった。
「…良い」
「唯、姉様は死神になりたいわけではないようです」
「無論だ」
そんなこと、絶対に認めはしない。
私の感情を悟ったのか、ルキアはまた謝罪を口にして、教科書を返却してもらうように言うと言った。