涙雨の逢瀬 | ナノ
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私には姉がいた。
私は何も覚えておらず、存在すら知らなかったけれど。
朽木家に養女として迎えられて、それを知った。
姉――緋真様は兄様の妻として朽木家に嫁ぎ、その五年後、病で亡くなった。

緋真様の死から五十年程経って、私に姉様と呼べる人が出来た。
名を、紬様と言う。
兄様が連れて来たその人は、それはそれは美しい人だった。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花――その言葉は、彼女の為にあるのではないかと思う。
書も、和歌も、箏の演奏も、全てが素晴らしく、貴族の姫の模範と言って良いだろう。

紬様を連れて来る前、兄様は誰より先に、私に報告してくれた。
否、一番最初は緋真様だったかもしれない。

「花乃木紬という娘を、妻として迎える」

その一言だったけれど、それでも、私は嬉しかった。
どんな方でも私はお祝いするつもりだったけれど、まさかあんなに美しく出来た方だなんて思わなくて。
そして何より、兄様の雰囲気が、霊圧が、変わったように思う。
いつか緋真様と共にいた時も、このようだったのだろうか。

「ルキア様」

その声に振り返れば、紬様が立っていた。

「紬様…」
「お風邪を召されます。どうぞ、」

そう言って、手にしていた羽織を私に掛けて、小さく微笑む。
彼女も寝衣に羽織を肩に掛けていた。

「す、すみません…」
「お話しをしたくて、参りました」

彼女が朽木家に来て一月程だが、二人きりで話しをしたことはなかった。

「でしたら部屋に参りますか」
「いいえ、此方で結構です。お隣、宜しいですか」
「どうぞ、お座り下さい」

頷けば、私の座る縁側に彼女は腰を下ろした。
多分今までで一番近付いて、良い香りに思わずどきりとした。

「ルキア様は――」

少しの沈黙の後、彼女が口を開いた。
彼女の様子がいつもとは違う気がして、目を見張る。
長い睫毛が、紅い唇が、小さく震えているように見えた。

「私が朽木家に嫁ぐことを、反対されないのですか」

絞り出されたような言葉に、目を見開く。

「いいえ――貴女の姉である緋真様が愛したお方のお傍に、私がいることを、不快に思われませんか」
「まさか!そのようなことは決してありません」

勢い良く首を横に振る。

「兄様のご決断ですし、兄様の想う方にそのような気持ちを抱く等……」

言って、気が付く。
私の気持ちは、彼女を指してのものではない。
彼女が美しいから、聡明な方だから――少しはそう思っているかもしれないが、本当のところは違う。

「すみません」

謝れば、今度は彼女が目を見開く。

「私は、紬様のことを兄様程存じ上げているわけではありません。しかし、兄様が信じたお方です。故に、そう思うのです」

兄様が決めたこと、選んだ人、兄様の想う人。
それ故だ。
それだけで、私は彼女を受け入れた。
拒絶する理由もないし、そんなことはしようとも思わないけれど、受け入れたのは、彼女を信じたのは、兄様が理由だ。
彼女を信じている兄様を、信じているから。


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