涙雨の逢瀬 | ナノ
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「紫蘭…?……紫蘭?」

襖の前で声を掛けてみるが、返事はない。
部屋の中から霊圧は感じる。
心配になって、怖くなって、許可なく襖を開ける。

「……いるなら返事をしてちょうだい」

襖を開ければ、此方に背を向けた彼が文机に向かっていた。
筆を置いて此方に向いた彼が、月光に照らされる。
とても美しいと思った。

「紫蘭ではない、白哉だ」
「貴方も私を蓮華と呼ぶでしょう」

そう言えば、図星なのか、彼は眉を僅かに動かした。

「どうした、眠れぬか」
「…ええ」

明日、私と彼は夫婦となる。
未だに信じられなくて、頭が一杯で、それなのに胸には何か穴が開いているような気がして。
寝付くことが出来ず、部屋を出て来た。

上級貴族との婚儀を迎えようとしていたところに彼がやって来て、私を連れ出し、あの東屋で彼の気持ちを聞いた。
私達は初めて互いの顔、名前、正体を知り合い、話をした。(彼は知っていたけれど)
知らなかったことを、互いに話し、知った。
知らないことは沢山で、知らなかった時間はあまりにも長い。
全てとはいかないけれど、どのように互いが生まれ、生きて、今の自分があるのか、伝え合った。

彼は四大貴族の朽木家当主で、護廷十三隊六番隊隊長。
過去に緋真様と言う奥方様を亡くされていて、その後彼女の妹であるルキア様を義妹として迎え入れた。
過去に、私の隣で彼が泣いた時。
一度目は、先代の当主、つまり彼の父が亡くなった時。
二度目は、緋真様が亡くなった時だった。

彼の求婚に、決して安易に頷いたわけではない。
これからも平坦な道が続くわけではないし、未だに自分が恐ろしくもある。
けれど、それでも、何よりも、彼の手を放したくない、彼の傍にいたいと言う気持ちが勝り、私は初めて、自分の未来を自分自身で決めたいと思った。

婚儀を中断させてしまったこと、私と結婚したい旨を話しに、花乃木家に彼と足を運んだ。
もう戻ることはないと思っていた家、憎しみと不幸の家。
当主と奥方様は、ひどく混乱していて、それでも相手が四大貴族の当主となれば、喜ぶのは当然で、私が朽木へ嫁ぐことに歓喜していた。
そんな当主と奥方様に、彼は「親戚関係になるつもりはない」ときっぱりと言い放ち、私と山吹をこれからも会わせるように言った。
私は当主と奥方様を憎んで等いないし、寧ろ感謝しているのだけれど、彼はそうではなかったらしい。
唯黙って、彼の隣に座っていた私。
やはり当主も奥方様を、私を見ることはなかった。
それで良い、仕方がないことなのだから。

朽木家の人達は既に私のことを知っていて、出自や家も調査済みのようだった。
妾腹、側室の娘と言うのは表には隠している為、彼と清家殿しか知らないこと。
多分、どうせならば上級貴族の姫が良かったのだろう。
けれど、当主が自ら決めたことで、中級貴族を拒絶する掟等ない為、問題なく受け入れられた。
使用人の中には男性もいて、私を探るように見る女中もいて、また同じことにならないかと不安になったけれど、私を見る彼の瞳が、大丈夫だと言っている気がして、私は俯くことなく胸を張って挨拶をした。

姉様が亡くなって間もないと言うことや、私の気持ちを考慮して、婚儀は身内だけで小さく行うと彼が決めた。
私のことばかり考えてくれる彼には感謝をしてもしきれなくて、頭が上がらない。
朽木の家に来て二か月程。
未だ彼の全てを知るにはあまりにも時間が足りず、私の全てを伝えるには勇気と時間が足りない。

「母や、姉様、伊織のことを考えていたの」

彼の眉が、先程より大きく動いた。

「その男は死して当然の下衆だ」
「いいえ、死ぬ必要はなかったわ」

死ぬべき人等、誰もいない。
そうさせたのは、私だ。
彼の行いは卑劣なものだったけれど、とても苦しかったけれど、それでも、死ぬ必要はなかった。

「その男の名を口にするな」

彼を纏う霊圧に、僅かな嫌悪と怒りを感じた。
その言葉は、その言葉には、私への気持ちが含まれていると思って良いのだろうか。
言葉の端に、行動に、その眼差しに含まれているものに、私は未だ慣れない。
彼が与えてくれるものは、あまりにも大きく、優しく、温かくて、白昼夢ではないかと思ってしまう。


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