涙雨の逢瀬 | ナノ
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「……ん、」

目が覚めて、身体を起こす。
身体を見れば、下着も着物も着ていて、羽織が掛けられていた。
伊織の姿はなかった。
帯の結び方が違うのと、下半身に知らない痛みを感じて、あれが夢ではなかったのだと思う。

いつ気を失ったのかは分からない。
只管、痛みと、悔しさに耐えただけ。
彼は何度も私の首を絞めては私の苦しむ表情を、涙を見たがったけれど、私は屈しなかった。
出来るだけ声を殺し、痛い等とは言わず、彼の喜ぶようなことは口にしまいと、歯を食いしばっていた。
身体は屈しても、心だけは守り抜きたかった。

気持ちが悪い。
吐き気がして、流しに思い切り吐いた。
胃液しか出なかったけれど、全て出してしまいたくて、流しにしがみ付いて、吐き出して、離れを飛び出し、風呂場へ急いだ。
全部洗い流して、全部なかったことにしたくて。
けれど、消えなかった。
伊織の言葉も、声も、感触も、香りも、なかったことになんて、出来る筈がなかった。

風呂から出て、時刻を確認すれば、深夜から三時間程経ったところだった。
雨はまだ降り続いている。
彼は、今日あそこにいただろうか。
あの時、姉様の部屋に行かずにあのままあそこへ行ってれば。
否――何も変わらない。
姉様は私を憎んでいたし、伊織はいつか本性を現していただろう。

これから、どうすれば良いのだろう。
今までも、色々なことがあった。
けれど、今日は、今夜は、あまりにありすぎて、何から考えて良いかも分からない。

「っ…、」

駄目だ、此処で泣いてはいけない。
私は屈しない、強くありたい。
でも、けれど、

「紫蘭――」

屋敷を飛び出した。
走って、走って、傘を持つことも忘れて、風呂に入って乾いた身体が、また濡れる。

「はぁっ、はぁ、はぁっ、……」

人通りの少ない場所に、木々に隠れるように建っている古い東屋。
誰もいない。
悲しいのか、安堵したのか、分からない。
霊圧の名残もない。
苦しくなって、力が抜けて、東屋の前で座り込む。

「っ、」

込み上げる激情に全てを任せて、泣いた。
声を上げて、しゃくりあげて、情けなく、惨めに。
きっと雨の音が消してくれる。
何もかも、洗い流してくれたら良いのに。

彼は此処にいただろうか。
私を待っていてくれていただろうか。
いて欲しかった、待っていて欲しかった、けれどもう、会えない。
会う勇気なんて、もうない。

純潔なんて、特に気にしていたわけではない。
近い将来、愛してもいない男と結婚し、子を産むのだから。
気にしていなかった、そんなこと、考えもしなかった。
それなのに、伊織に犯されて、純潔を失って、気付いてしまった。
気が付かないふりをして、隠して、目を逸らしていたもの。

「う、っ……紫蘭、」

馬鹿みたい、情けない、惨め。
そんな風にはなりたくなかったのに、今の私は、何より誰より惨めで汚く醜いと思う。


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