涙雨の逢瀬 | ナノ
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姉様の部屋を出て、それからどうやって、何処へ向かったか、分からなかった。

「貴女は私の全てを奪っていった。唯一の望みさえも、たった一つの希望さえ、貴女は私から奪った」

姉様の言葉が、声が、表情が、苦しげに、悲しげに顔を歪めたその顔が、私を見る眼差しが、零れる涙が、脳裏に焼き付いて離れない。

知らなかった。
気が付かなかった。
唯、自分だけが好きで。
自分だけが、嫌われていないと思っていた。
否――姉様は、私を好きだと言った。
好きだから、愛しいから、憎いのだと、そう言った。
愛おしいから憎いのだと、憎いから愛おしいのだと。
私の母親に対する気持ちと、同じようだった。

蘇芳姉様、私の姉様。
腹違いだけれど、私を受け入れてくれた、かけがえのない人。
その人は私を、私がその人を――不幸にしていた。

幸せであって欲しいと望んだ人を、幸せになって欲しいと願った人を、自ら、自らの存在が、不幸にしていた。
姉様の妹に生まれた、その瞬間から。
何をしなくても、唯存在しているだけで、私は彼女を、苦しめていた。

「貴女はどうして生まれたの」

どうして私は生まれてきたの。
母親の腹の中にいた十月十日、そのたった僅かな時間だけ、私は望まれていた。
まだ世界の光を見る前に、誰に見られることのない真っ暗な世界にいたその間だけ。
生まれ落ちて、それからずっと、私は――。

自分が不幸だとは思わない。
衣食住があって、健康で、学ぶことが出来て、それで充分。
流魂街にいる民は、もっと過酷で、不幸に生きている。
私は不幸ではない。
恵まれて、生かされている。
けれど、私は。
誰でも良い、たった一人だけで良い。
私を、望んでもらいたかった。
私が生きていることを、生まれたことを、喜んでくれる誰かが欲しかった。
生きて良いのだと、生まれてきて良かったのだと、そう思いたかったのだ。

私の望みは、三つ。
そのうち二つが、姉様と山吹。
私の小さな運をかき集めて、それを全て二人に注いで、何とかして、二人が幸せであって欲しいと思う。
きっとそれが、烏滸がましいことだった。
こんな私が、人の幸せを願うなんて。
こんな私が、人の幸せを望むなんて。
自分が人を幸せに出来るだなんて思わない。
けれど、望むだけなら、祈るだけなら――そう思っていた。
存在すら、人を不幸にさせるには充分なものなのだと知っていたのに、分かっていたのに。
姉様にだけは、そうではないと、思ってしまっていた。
そんなわけないのに。
きっと同じように私は、山吹を不幸にしてしまうのかもしれない。
山吹も、姉様と同じように、私を嫌い、憎むのかもしれない。

姉様がどれだけ私を嫌っても、憎んでも、私は何も変わらない。
姉様が大切で、好きで、愛しい。
姉様が望むなら、私は――、

「でき、ない……」

駄目だった。
姉様が望むことでも、姉様が私の死を望んでいても、それでも、私は死ねない。
それは、私が望んだ何より烏滸がましいものだ。
そのたった一つの望みの為に、私は生きていたいと思ってしまう。
彼――それが、私の望み。
何があっても死にたくないと思う、理由。


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