留三郎さんがくれた薬が効いたのか、母さんの風邪はすっかり良くなった。熱も下がって咳も治まって、お店にも立てるようになった。今日もいつものようにお店を手伝おうとした私を制して母さんは、今日は好きに過ごして、と笑った。風邪の間、しっかりお店を回して、その上看病までしてもらったんだから、と。そんなこと気にしなくていいのにと再び手伝いを申し出たが、結局元気いっぱいになった母さんに押し切られ、半ば追い出す形で休みを取らされてしまった。
とりあえず町をぼんやり歩いてみているものの、どうしたものか。何か買いたいものとか見たいものとか、あったかな。
思いを巡らせながら足を進めていると見覚えのある少年がキョロキョロと辺りを見回している。少し茶っこい髪の毛、真ん中分けの前髪、橙色の着物。私の記憶が正しければ彼は、確か。

「こんにちは」
「あっ……」

私に気づいた彼は小さく声をあげてピシリと固まってしまった。声をかけると慌てて頭を下げ、丁寧に挨拶をしてくれた。
よかった、間違いないみたい。彼はこの間、留三郎さんと一緒にいた子だ。

「あのっ」
「はい?」
「今日、その、留三郎先輩はいなくて」
「うん?」
「す、すいません」

何故か顔を真っ赤にしながら俯く彼はやはり何か勘違いしている。謝らないで、と笑って、顔を覗き込んでみせると、彼はようやく顔を上げてくれた。面白い子だなぁ。

「あ、すいません、私、作兵衛と言います」
「作兵衛くん」
「は、はい」
「私、みょうじなまえです」
「みょうじさん」
「はい」

顔を見合わせ、なんとなく二人揃って自然に笑顔が溢れた。と、作兵衛くんは急にあっ、と大きな声をあげた。

「どうしたの?」
「実は、その……友達二人がどっか行っちまって、探してたんです」
「友達と一緒だったんだね」
「そうなんです、放っておくとどこまで行っちまうかわからないくらい方向音痴で……」
「それは…作兵衛くん、大変だね」

よほどお友達の方向音痴は酷いのか、作兵衛くんはすっかり項垂れてしまって、少し気の毒だ。それなりに広い町だし、一人で二人を探すのはきっと骨が折れる。

「よし、私も探すの手伝うよ」
「えぇ!? いやいや駄目です! あいつらの方向音痴にみょうじさんまで巻き込むわけには!」
「だって一人で二人探すの、大変でしょう?」
「でもあいつらの方向音痴は本当に! とんでもねぇんです! 舐めてかかっちゃいけねぇ!」
「じゃあ心して探すね」

必死に首を横に振り続ける作兵衛くんをなんとか押し切り、私は次屋くんという子を探すことになった。矢印の書かれた特徴的な着物を着ているからすぐ分かるはずだと、申し訳なさそうに頭を下げる作兵衛くんは言った。見つけたらこの櫛屋の前に連れてくることにして、私と作兵衛くんは二手に分かれた。
赤と白の、矢印柄の着物。忘れないよう、心の中で呟きながら辺りを見回しながら町を歩く。ご近所さんにも聞いて回る。ばったり会ったお隣さんに聞いてみたら、なんとついさっきそんな少年を見かけたという。すぐそこの染め屋の角を曲がっていったらしい。お礼を言って、慌ててその後を追った。角を曲がると、作兵衛くんから聞いていた特徴通りの少年がキョロキョロしながら歩いていた。良かった、見つけた。きっと彼が次屋くんだ。
ほっとして歩み寄ろうとすると、次屋くんは急に団子屋の曲がり角を指差し、走り出してしまった。

「ちょ、ちょっと待って!」

ようやく見つけたんだ、ここで見失ったら作兵衛くんに申し訳がたたない。慌ててその背中を追うが彼はなかなか足が速く、私ではとても追いつけそうにない。なんとかその背中を視界に入れておくのが精一杯で、こう何度も曲がり角に入られたら、また一から探し直しになりかねない。
汗が滴り、息も切れ切れになったところで、私の1、2間ほど前を行く次屋くんは再び曲がり角に入ってしまった。

「はー…もう、だめ……無理だ、走れない……」

言いながらなんとか次屋くんの入っていった曲がり角まで行き、膝に手をつき息を整えた。こんなに走ったのはいつぶりだろうかと思いながら運動不足を恨みつつ、思わずその場に座り込む。もう疲れすぎて前も見られない。じりじりと照りつける太陽も、今はただ恨めしいくらいだ。仕方ない、少し休んだら仕切り直そう。
通りかかる人に大丈夫か?と声をかけられるが、とりあえず頷くことしか出来ない。でも大丈夫。もう少ししたら、また行かなければ。

「お、おい、大丈夫か?」
「はい……って、あれ?」
「何してるんだお前」

顔を上げると、そこには留三郎さんがいた。しかも隣には次屋くん。

「あ、あの、次屋くん…作兵衛くんがね……」
「へ、何で俺のこと知ってるんですか? 作兵衛?」
「あ、うん、作兵衛くんの知り合いというか……と、とにかく作兵衛くんが、次屋くんのこと、探してて、だから…私と一緒に、来てください……」

息が切れて言葉も切れて、汗も頬を伝って。疲れているとはいえみっともない姿を見られていると思うと、とても恥ずかしい。暑い上に恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。

「また迷子かお前はー……」
「何で迷っちゃうんでしょうね?」
「俺が知りたいわ!」

次屋くんは他人事のように言ってのける。作兵衛くんも大変そうだなぁと思っていたら、ちょうど作兵衛くんと、もう一人のお友達らしき男の子がやってきた。良かった、次屋くんを連れていく手間が省けた。

「三之助ぇ! お前って奴はいっつもいつも、って、あれ、留三郎先輩」
「おー作兵衛、大変だなお前も」
「偶然会ったみょうじさんに三之助を探すの手伝ってもらいまして……って、そうだ! ありがとうございましたみょうじさん!この礼はいつか必ず!」

言いながら作兵衛くんは勢いよく、何度も頭を下げてから、お友達二人を思い切り叱りつけた。
作兵衛くんはしっかりした子なのだな、と思いながらその様子を伺っていると、作兵衛くんはハッとしたように私のほうを見、そして留三郎さんのほうを見た。かと思うと、お友達二人の腕をがっちり掴みバッとこちらをふり仰ぎ、深々と頭を下げた。

「みょうじさん、ありがとうございました! 食満先輩はどうぞごゆっくり!」

では! と、半ば叫ぶようにして捲したて、作兵衛くんはお友達を引っ張って走って行ってしまった。次屋くんは引っ張られながらもすいませんでしたー、と謝ってくれた。

「みんな、良い子ばかりですね」
「だろ? 迷子は勘弁してほしいけどな」

勘弁してほしい、と眉を下げながらも留三郎さんは、どこか嬉しそうな笑みを浮かべた。

「ところで、今日は、留三郎さんは町に何かご用があるんですか?」
「あー……とお前の」
「わ、私の」
「店に、行ってみたいなと思って」

まるで、留三郎さんを見上げる私の視線から逃げるみたいに、どんどん顔を逸らされてしまった。けれど彼の耳はほんの少しだけ赤いような気がして、なんだか急に体温が上がってしまった。