自分でもなんとなく自覚はしているのだが、俺はお節介が過ぎる時があると思う。面倒事にもやたらと首を突っ込んでしまうためか、たまに伊作よりも不運な目にあっているような気がしなくもない。

しかしあの娘も律儀なもので、本当に昨日出会った時と同じ場所で、晴れ渡った空の下には不似合いな傘を片手に佇んでいた。委員会の仕事をしていたため俺は少し遅れてしまったが、あいつはいつからここにいたのか。俯いて影のできた白い額にはほんのりと汗が滲んでいる。

「よぉ」
「あ、昨日の」

女に向けてひょいと手を上げると、顔を上げたそいつは俺の顔を見るなり、ふ、と小さく笑いをこぼした。いきなり笑われて面食らったが、そういえば学園を出る前に、穴に落ちそうになった伊作に腕を掴まれいっしょくたに落下した。その時に顔に土でもついたのだろうか?
どうした?と問うと彼女は、自分の頭上を指差した。

「頭に葉っぱのせて走っていくから、狸にでも化かされちゃったのかと思って……でも傘もちゃんと傘のままだし、あなたも普通の人間みたいだから、良かったなって」

拍子抜けするような、おかしな返答にはついこちらまで笑いがこぼれた。笑い混じりでよせよと返すと、目にかかった前髪を少し避けながら彼女は、ごめんなさいと小さく笑った。

「あと少し待ってあなたが来なかったら、ここに傘を置いて帰るしかないかなって思ったんですけど…とても綺麗な傘だったから、盗まれたりしたら申し訳ないと思って」
「あー……待たせちまって悪かったな。もうじき日も暮れるし、家まで送るぞ」
「いえそんな、悪いですから……」
「いいって、ホラ行こうぜ」
「…すいません、私の家に向かうならこっちの道です」

押し問答を続けるよりはやったもん勝ちだと、さっさと歩き出したというのにこれは恥ずかしい。神崎か、俺は。



「というかお前な、女一人で山歩き回らないほうがいいぞ」

この山にも、山に入った者を狙う低俗なやつらがいると耳にしたことがある。多勢に無勢も御構い無しに襲いかかってくるような連中を相手に、ただの町娘一人では成す術もあるまい。学園で鍛えているくのたま達ならまだしも、こいつはいかにも頼りなさげな雰囲気のただの町娘、山賊にとってもいいカモだろう。
聞けばこいつにも母親の病など色々と事情があるらしいが、もっと用心するに越したことはない。自分の身の程をわきまえて行動しなければ、無駄に命を落とすことになる。

「でも私、毎日お店の手伝いをしてますから、力にはそれなりに自信がありますよ」
「いやそういう話でなくてな?」
「それになんだかちょっと、じっとしていられなくて。よく効く薬草を取るとか、自分に出来ることがあるなら、やらないと」

そういう彼女の瞳は真っ直ぐ前を見据えており、意志の強さが伝わってくる、のはいいのだが。それとこれとは話が別である。

「怪我してからじゃあ遅いんだぞ…」
「大丈夫ですって……あ、見てください」

はぐらかすように笑う彼女が指差した方向に目をやると、小川がさらさらと流れていた。透き通って美しいのであろう水は、日が暮れてきたため暗く陰っている。そしてその甘い水を吸おうと群がり飛び回る蛍が、そこにいた。数匹、いや、意識してみると淡く小さな光の粒は次々目に入り、おそらく数十匹はいるだろう。その数の多さは大したもので、思わず足を止めてじっと目を凝らした。

「すげぇ量だな…」
「私の家、あそこなんです。蛍の光を辿った先」

彼女は小川沿いを少し歩いた先にある、ほんのりとあかりの灯る小さな一軒家を指差して、すっと居住まいを正した。彼女はありがとうございましたと、一つ頭を下げ、踵を返し歩き出した。俺はというと特に気の利いた言葉も捻り出せず、ああ、という情けない一言を洩らしただけだ。
柔く落ち着いた、けれど甘みのある声が妙に胸に残って、辺りを飛び交う蛍の光も情感的で、ぼーっとしながらその足取りを追っていた。

「あっ!」
「ど、どうかしました!?」

ぼんやり突っ立って彼女を眺めていた俺は、そういえば、と思わず大声を上げてしまった。びくっと肩を震わせ勢い良く振り返った彼女と目が合う。

「名前」
「へ?」
「名前、聞いてなかったな、と思って」
「…ああ、そうでした! 私、みょうじなまえです。名乗りもせず、すいません。えっと、あなたは?」
「……留三郎、だ」
「留三郎さん」

少し離れた場所で、わざわざ声を大にして名乗り合うというのも妙なものである。
留三郎さん、と、小さくだが妙に嬉しそうに繰り返すものだから、少し戸惑った。

「近くに来る機会があったら、是非いらしてください。お礼、したいですから」

小さく頭を下げて再び足を進める様を、川のせせらぎに耳を傾けながらただぼんやりと眺めた。そして意味もなくそうっと、踵を返した。