「え?ど、どうしたの?」

がっくりと肩を落とした二人の様子についていけず、私は作兵衛くんの肩を軽く揺すった。作兵衛くんは顔を上げ、実は、と何だか深刻そうな前置きをして話し出した。

「その…友達二人が、どっか行っちまったそうなんです」
「え、それって行方不明ってこと!?」
「ああいや! そんな事件的なものではなく! 言っちまえば、ただの迷子というか……」
「ま、迷子」
「そうなんです、ほっとくとどこ行っちまうかわからないくらい方向音痴で……」

そう言って、またしても肩を落とす作兵衛くんを励ますように、浜さんが背中をポンと叩いた。
それにしても、作兵衛くんと同い年にして迷子とは、なかなか筋金入りの方向音痴とみた。
和太鼓の舞台が始まるまであと30分ほど。もう猶予がない上、結構な広さのお祭り、人も多い。二人を探すのは骨が折れるだろう。

「あ、浜さん。携帯は? 二人とも携帯は持って…」
「持ってはいるんです。けど……」
「出ないんだね……」
「ハイ……」
「…うん、よし。私も探すよ」
「ええ!?」

私の言葉に、二人して同じリアクション、同じ表情をした。勢いよく顔を上げた二人のぎょっとした様子に、ちょっとだけ笑ってしまった。

「駄目ですよ、なまえさんまで巻き込むわけには!」
「少しでも大勢で探したほうがいいじゃない?」
「いや、本当に! あいつらの方向音痴を舐めちゃいけねぇんです!」
「そっか……よし、覚悟しとく」

必死で首を横に振りまくる作兵衛くんと浜さんを押し切って、私はお友達二人を探すことになった。
作兵衛くんに携帯で写真を見せてもらい、左門くんと三之助くんの顔を目に焼き付ける。和太鼓の衣装を着ているからわかりやすいとは思うのだけど、メンバー全員で探すわけにもいかず浜さんと作兵衛くん含む5人で探しているのだそう。
浴衣で動き辛いだろうからくれぐれも無理をしないよう作兵衛くんに念を押され、私たちは別々の方向へ向かった。

しかし、私はこのお祭りは初めて。
しかも探している彼らについて知っているのは顔だけ。行動の予測もつかない。手当たり次第に探すよりは、人に聞いていったほうが早いかもしれない。
そう思い、声をかけやすそうな人に手当たり次第聞いていると、カキ氷の屋台にいたお兄さんが情報をくれた。なんでも、ついさっき一人、衣装を着た高校生くらいの男の子がここを通り過ぎていったという。左門くんか三之助くんか、どちらかはわからないけど、きっと二人の内のどちらかだ。お兄さんにお礼を言い、彼がカキ氷を作るガリガリという豪快でありながら涼しげな音に背中を押されつつ、教えられた方向へ急いだ。

しばらく辺りを見回しながら歩みを進めると、人波の中に見覚えのある顔を見つけた。ついさっき写真で見たばかりの彼、三之助くんだ。
よかった、見つかった。胸を撫で下ろして、気が緩んだのも束の間。彼はキョロキョロ辺りを見渡したかと思うと、またすぐに走り出してしまった。

「え、ちょっと!」

私が思わず声を上げている間にも、彼は人混みに紛れてしまいそうになっている。
なんてこった。このままでは今までの努力が無駄になってしまう。慌てて遠ざかるその背中を追った。

あれ?

違和感と言っていいのだろうか。急にこの状況が、いつかどこかで見たものと重なりはじめた。なんだっけ、思い出せない。走りながら、頭の中の記憶を底からひっくり返して辿ってみたが、何も分からない。
でも、私は走るのをやめちゃいけない。止めてしまえば、きっと会えない。

会えない? 誰に? 三之助くんだろうか。分からない。分からないのに。

「待って……待って、行かないで!」

叫んだのは、何故だろうか。悲しくて、苦しくて、苦くて、痛い。寂しい。でも、きっと少し、すごく嬉しい。
この先に待つ光のようなものに飛び込んでしまいたいような、奇妙な気持ちに囚われていた。下駄の鼻緒が擦れて、両足がもう限界だと悲鳴をあげている。指の間が痛みのあまり熱を持っている。
なのに頭も、心も止まろうとはしてくれない。私は、どこへ向かっているのだろう。分からないけれど、この先にいる人を、私は知っている。知っている気がする。


汗が滴り、息も切れ切れになっても、私は足を止めなかったし、止めたくなかった。
なのに体は言うことを聞かず、疲労に耐え切れず、私の右足首はフッと力を失った。本能的にバランスを取ろうとした私はなんとか倒れずに済んだものの、そのまま足首を強く捻ってしまった。

「いっ……」

呻きながら、それでも立ち上がり、足を前に進めようとした。しかしもう足は動かず、捻った右足は熱を持ち、動かそうとすると右足全体に鈍い痛みが走った。
思わずその場に座り込む。通りかかる人に大丈夫か?と声をかけられるが、とりあえず頷くことしか出来ない。
バカ、馬鹿だ。心の中で、自分を責めた。あと少し、もう少しだったのだ。なのに、どうして。何を悔いているのか。訳も分からず涙が出そうになって、拳を握りしめた。

「お、おい、大丈夫か?」
「え……」
「あ、お前……」

声をかけられ、ゆっくりと顔を上げる。その先で見たのは多分、私が焦がれたもの、なのだと思う。